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【物語】三号車【短編】〜大学生の恋愛譚

ふいに、頭をぽんと叩かれた。

「村田先輩!」

私は読んでいた小説をパタンと閉じて、少し首を傾けて空いている右の座席に向ける。
先輩は黒のリュックを前にして隣に座った。

それとほぼ同時に電車のドアは音を立てて閉まった。

ーーーーつぎは新百合ヶ丘、新百合ヶ丘、、、


「なんか三号車に行けば菜々子が居るって思うと、来ちゃうなあ」
「嬉しいです先輩、でもみんなに言ってるんでしょ、それ。先輩のサークルの後輩、バイトで一緒なんですけど、『あの先輩めっちゃフレンドリーだから勘違いしそう〜』って言ってましたよ」
「菜々子は特別だよ。なんていうか、妹じゃん」

先輩はラグビー部で、人より肩が広いから、私は狭い電車の座席で必然的に先輩の肩に触れることになる。

この時間が大好き。永遠に止まればいいのに。

ーーーーつぎは向ヶ丘遊園、向ヶ丘遊園、、、

先輩が少し俯いて黒のリュックに顔を埋める。
少しそれをみていると、急に袖口を掴まれた。

「なんですか、先輩」

「着いたら起こしてね」

なんだ、いつものことか。

「はい」

ーーーーつぎは登戸、登戸、、、、


先輩が嶺岡大学への進学を決めたのは10月のこと。つまり推薦だった。嶺岡大学は偏差値は30台、設備も古く、留学などいない。加えて就職は最悪だ。
「どこでもよかったんだよね、今の時代、勉強なんかで勝とうなんてマヌケじゃん」
先輩はほかの先輩達が勉強漬けの中、マックでポテトを食べながら私に話しかけた。

偏差値を上げるだけ上げて、少しでもいい大学に入って、意識の高い仲間を作って、いい大学に就職してーーーーそう考えていた私には衝撃だった。
同時にとてつもなく、先輩を軽蔑した。
(今頑張れない人がいつ頑張るんだろう)
それでも、前からずっと好きだった気持ちが無くなることはなかった。不思議だった。でも心のどこかで先輩をあざ笑う気持ちが同居しているのだ。

ーーーー成城学園前、成城学園前、、、

結局私は必死で勉強して都内の国立大学に入学した。

周りの環境はとても良い。意識の高い人たちで集まって、日本の将来などを話す。私は今後ボランティアサークルを創設する予定だ。


ーーーー経堂、経堂、、、、、

それでも、こうやって、先輩に会いたいが為に、先輩の乗る位置を調べて毎日乗ってしまう私は、居る。

「先輩、次ですよ」

「ーーーん」

先輩は黒のリュックからゆっくり顔を上げてこっちをみた。

「ありがとう、妹」

そして私の頭をぽんと触る。

頭からつま先まで、体温が3度上がる。

毎日のことなのにね。

ーーーーご乗車ありがとうございました…

電車のドアが開き先輩はさっと立ち上がって一度も振り返らずにプラットホームに降りて、電車の進行方向と逆にゆっくり歩いて行った。

遠くなる背中を見る。


電車が動いて見えなくなっても、私はひたすら窓の外を見ていた。

明日も私は三号車に乗るのだろう。


トンネルに入った電車は、真っ暗な中をガタンガタンと大袈裟に音を立てて、進んでいく。


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