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プラセボエクソシスト

確証バイアスの例として『20の扉』みたいなゲームで「数の並びの法則を当てる(要は数列の法則当て)」ゲームがある。

「2―4―6」の数の並びの法則は何か?を数学に自身のある大学生に解かせたら「2の倍数で偶数」と誰もが想像しそうなことに考えがまず行く。学生は逆質問で「3―5―7」はどうか?と設問者(法則を設定したひと)に質問、問題作成者は「それも、成立する」とアンサー。

学生は「偶数、奇数に関わらず2づつ増加する数列だ」と回答例をアンサー。作成者は「ブ・ブー」と。

学生はムキになる「4―8―12」はどうですか?と設問者は「それも成立する」と。学生は「任意の数字Xに定数Kを加える「X+K」ですか?。

それも法則はブ・ブー。

では「4―12―13」はどうですか?とヤケクソになる。設問者「成立する」。学生「はア~?」「もしや『5―4―3』は?」

設問者「それは成立しない」。学生ようやく気付く「もしかして、前の数字より大きい数字であれば何でもいいんですか?」

設問者「はい正解です。」

頭の良いものほど、数学の問題でよく出題される数列などから類推し、自分の信じていたものを裏付けしようとする思考パターンを獲る。なので、そんな幼稚園みたいな問題がまさか出るなんて可能性は端から切り捨てて思考する。

これが確証バイアスだ。参照文献『イェール大学の集中講義 思考の穴』(アン・ウーキョン著)

その書籍には「瀉血」(体から血を何リッターも抜いて悪いものを出すと病気が治ると信じられていた時代もあった)についても紹介されている。

「瀉血」をして回復するひとと「自然回復する人」の割合は一緒ながら「瀉血をしたから治った」という思い込み。ジョージ・ワシントンも1.5リットル程血を抜かれそれが原因で死亡。

点滴はほぼ水(プラセボ効果)だということからも人間は思い込みの生き物。弾丸の入っていない空砲で撃たれてもショック死するのもプラセボ効果の悪い例。死ぬと思い込むと本当に死に至る。それは物理的な心臓発作のようなショック死とは別物だという。

だからエクソシストで悪魔に取りつかれた少女は本当に悪魔になる。悪魔という物理的な何かが存在しているのではなく人間の念自体が悪魔を産むというより思い込みで人間自体が悪魔になる。逆もまた真なりで神にもなる。宗教の思い込みは本来存在しないものを作り上げる。

錬金術のように無から何かを作り上げるのではなく「人間という物質」を「神」にも「悪魔」にも作り変える魔術。それが宗教であり政治(まつりごと)である。

「瀉血」に似たものに「ロボトミー手術」というものもありますな。奇作『時計仕掛けのオレンジ』の治療法もそれに近い。

私はレーシックもコロナワクチンも現代では『効く』と信じ込まれているが数十年後、いや数年後には「ロボトミー」や「瀉血」と同じものになる可能性はかなり高いと信じる。

手塚先生の『時計仕掛けのリンゴ』では飯田市で町を遮断したイカレタ革命家の軍人は「自分の国家」を作ろうとして

市民の食糧は配給制にしてそのパンに「思考力が低下する薬」を混ぜて人間を腑抜けにするSFが描かれていた。

アルツハイマー病の根本治療薬がどういう流れになるかも見守っていきたい。

去年はこの時期に『ホイットニー』を劇場で鑑賞したが、エクソシストの新作は興味あるがトーホーシネマズでは上映していない。

悪魔祓いが題材だからか?

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