見出し画像

五月病専門外来 【短編シナリオ風ノベル】

【登場人物】
松丘 美優(26)…アパレルメーカー営業職
鹿目(かなめ) 順(42)…クリニックの医師
橋下 亜衣(26)…美優の大学時代からの友人
先輩(28)…美優の会社同僚の先輩
隣人(48)…美優の住むマンションの隣人


◯美優の部屋(夜)

   亜衣と電話中の美優

松丘美優「やっぱり…五月病なのかな…」
橋下亜衣「どうしたのよ、こないだ会ったときは元気だったじゃない。」
美優「うん、最近眠れないのよ。頭痛がするし何もやる気がしない。ゴールデンウイークもあと数日だっていうのに…」
亜衣「あなた張り切ってたものね。4月から。」
美優「そう、前の会社がブラック過ぎたしね。前から大好きだったアパレルメーカーに転職できたんだから、そりゃ張り切るわよ。本当は企画をやりたかったんだけど、でも営業も楽しいわよ。自分の大好きな商品を売り込めるし。」
亜衣「会社の近くにワンルーム借りて独立したしね。何も不満はないじゃない。むしろ羨ましいわ。」
美優「うん、そうね。そうなんだけどね…」
亜衣「新しいカレシだってできたしね。」
美優「南出先輩ね。久しぶりに飲み会で会って、やっぱりかっこよかったのよ。」
亜衣「バレンタインデーで告白したんだっけ?」
美優「そう、あんなに上手くいくとは思わなかったわ(笑)」
亜衣「怒るわよ、人生絶好調じゃない。」
美優「そうなんだけどさ、なんかホントはわかってるんだ、この不調の原因。」
亜衣「なんなのよ。」
美優「会社の上司。課長なんだけどね。ネチネチネチネチ細かいのよ。あーなんか休み明け、本当に会いたくないわ。同僚の人達はいい人ばっかりなのに。」
亜衣「前にも言ってたわね。どこにでもいるわよ、そういう人。」
美優「それと取引先の担当者。毎回商談のあと、いやらしい目つきで食事に誘ってくるのよ。あしらうのも疲れちゃった。でもお得意様だしなあ。我慢するしかないのかな… あーもう、腹立つ!」

   ドン! 美優が床を踏みつける音

美優「あーっ!やっちゃった! …これは…来るわね。亜衣、ごめん、切るね!」
亜衣「え?ちょっと…」

   ピンポンピンポーンとけたたましいドアチャイムの音
   ドアを開けてなにやら必死に謝る美優

美優「申し訳ありません!はい、はい、もう音を立てないように注意します!ごめんなさい!」

   ドアを閉めてクッションに座り込む美優

美優「ふあ〜あ、なんだかなあ。あんな神経質な住人が下の階にいるってわかってたら引っ越してこなかったわよ。何をやってる人か知らないけど、なんか暗いし。かと言って、家賃とか含めて一番条件がいい物件だったしなあ、ここ。」

   スマホのLINEに通知があるのに気づく美優

美優「あれ?なんか入ってる。彼からだ! えー? なに? これから来いって? 今何時だと思ってんの? 夜の11時だよ?……んもう、しょうがないな。とりあえず、返信…と。」

   LINEメッセージ 『ごめんなさい、今気がついた! すぐ行くから待ってて♡』

◯美優の部屋(翌日の昼)

   ベッドの中でため息をつく美優

美優「はあ…もうダメ…ホントやる気でない… これは会社が始まる前に病院行った方がいいかな。ちょっと調べてみよ…」

   ベッドの中でスマホをいじる美優

美優「えーと…え、なにこれ。五月病専門外来ってあるんだ! メイストームクリニック? どこにあるのかな… なんだ、案外近いじゃん。でもゴールデンウイーク中はやってないよね普通… おいおい、5月中は無休診療だと! さすが五月病専門!(笑) 保険適用外っていうのが気になるけど、短期間で完全治癒かあ… まー治してくれるんなら、なんでもいいや、とりあえず予約ボタンをポチッと…」

◯クリニックの診察室

   鹿目医師が美優を問診している

鹿目順医師「…はい、だいたいの症状はわかりました。安心してください、すぐに良くなりますよ。そうしましたら、まずは脳波を調べさせてくださいね。」

   脳波と聞いて戸惑う美優

美優「脳波…ですか?」
鹿目「当院独自の脳波測定器を使います。症状の根本原因を調べて治療方針を決めますからね。少し眠くなるかもしれませんが…」

   まるで映画のバック・トゥ・ザ・フューチャーで、ドクがマーティに最初に出会った時に被ってた装置のような機械を美優に被せる。次第に眠ってしまう美優

鹿目「はい、終わりましたよ、目が覚めましたか? 外しますね。」
美優「…はい…大丈夫です…それで先生、病気の原因というのはわかったんでしょうか?」

   カルテになにやら打ち込みながら答える鹿目。

鹿目「ええ、わかりましたよ、よくあるものですね。そう時間はかからないでしょう。それじゃ、今日のところはお帰りいただいて結構ですよ。」
美優「え? 先生、お薬とかは無いんですか?」
鹿目「ええ、うちは投薬に頼らない治療をしていますので。一週間ほどしたらまた来てください。」

   訝しがりながらも承知する美優

美優「わかりました…ありがとうございました」
鹿目「はい、お大事に」

◯ 美優の勤務会社(ゴールデンウイーク明け初日の朝)

   なんとか気力を振り絞って出社した美優

美優「はあ… えーと、とりあえずはメールチェックして…と、あれ?課長どこいるのかな?今日の外回り予定も確認しないと…」

   先輩の同僚が美優に近づきささやく

先輩「ちょっと、聞いた? 課長のこと!」
美優「どうしたんですか? 先輩。今ちょうど課長を探してたんですけど。」
先輩「なんかやらかしちゃったらしいわよ。なんでも経理の子と不倫旅行に行ってたってのが上にバレちゃったみたいで…」
美優「ええ!?」
先輩「とりあえず今日から自宅謹慎らしいけど、うちの会社、コンプライアンスには厳しいから、このまま地方に飛ばされるかもね。ざまあみろね。フフッ」


◯ 美優の勤務会社(数日後の朝)

   その日のアポを確認しながらつぶやく美優

美優モノローグ「課長のことはちょっと驚いたけど、おかげで今週は心穏やかに仕事に集中できたわ。代わりに来た課長代理はいい人だし。 あーでも、今日は例の会社に商談に行くアポが入ってるんだった。またあの担当者に会わなくちゃならないの、憂鬱。気が重いわー。ん?、社内メールが入った。課長代理からだ。」

   メールタイトル『緊急 A商事破産手続開始に伴う処置について』

美優「ええ!? あの会社、倒産したの!? ちょっと待って!」

   慌てて商談先にアポの確認をする美優


◯美優の部屋(翌日の朝)

   ベッドから起き上がり、大きく伸びをする美優

美優モノローグ「はあ〜あ、なんか昨日は疲れたわー。あの会社が潰れちゃうなんて。今日が休みでよかった。コーヒー淹れよっと。」

   キッチンでコーヒーを淹れる美優

美優モノローグ「ま、でもおかげでもうあの担当者に会うことも無くなったし、全ては財務状況を把握していなかった元課長の責任になって、飛ばされたらもう戻ってくることもなさそうね。なんか心の負担が一気に減ってきたな。久しぶりにゆっくり眠れたみたい。」

   窓の外が騒がしいのに気付き、バルコニーから階下を眺める美優

美優「あれ? なんだろ、何かあったのかな?」

   マンションの前にパトカーが何台も停まっている 入居者もみんな集まって騒ついている
   階下に降りる美優 隣人を見つける

美優「どうしたんですか?」
隣人「あら、なんかね、あなたの部屋の下の階の人が逮捕されたらしいのよ。」
美優「なんですって⁉︎」
隣人「警察の人が話してるの聞いちゃったんだけど、なんでも詐欺グループの一人だったらしくて、タレコミがあったんだって。」

   背筋に冷たいものが走るのを感じる美優

美優「もしかしてこれって… まさかとは思うけど…」

   無我夢中でクリニックに向かって走り出す美優


◯クリニック診察室

   勢いよくドアを開けて診察室に飛び込む美優 肩で息をしている

鹿目「どうしました? 次の診察予定は明日では?」
美優「先生… 先生、もしかしてこの病院の治療って…!」
鹿目「もう治療結果が現れてきたようですね、そう、うちは病気の根本原因を無くすことで薬に頼らない治療を行っています。その分、治療費はちょっとかかりますが。」
美優「次の… 次のターゲットって、もしかして彼ですか? お願いです! 手荒なことだけは…!」
鹿目「やはりご自身でもわかっていらっしゃったようですね。はい、あなたの病気の根本原因の中でも、主因は彼の存在です。」
美優「そんな! 私は彼を愛してます! そんなはずありません!」
鹿目「あなたが今ここに来た事が全てですよ。安心してください。極めて穏やかな処置を施しました。メイストームデーというのはご存知ですか?」
美優「い…いいえ?」
鹿目「バレンタインデーから88日目の5月13日の事を言うんですが、この日は別れを切り出す事が許される日なんですよ。」
美優「まさか…」
鹿目「はい、昨日13日に、彼から誓約書をいただいてきました。もうあなたに二度と会わないという誓約書です。こちら、ご確認ください。」

   鹿目、誓約書を美優に差し出す

美優「なんてことを… そんな勝手に…」
鹿目「当院でも年に一回、この日にしか使えない特殊な処方です。もちろん、その施術方法についてはお話しする事はできませんが。」

   泣き出しそうな美優

美優「酷い…」
鹿目「心に手を当てて、よく考えてみてください。彼は身勝手な振る舞いであなたを振り回してきた。時にはDVもあったのでは? あなたの心の重しはほとんど彼によるものだったということを。」

   鹿目から目を逸らし呆然とする美優

美優モノローグ「確かに私は彼が好きだった。けれど常に怯えていたのかもしれない… 自分から告白したという負い目もあって、耐え忍ぼうとしていたのかもしれない…」

   鹿目に向き直る美優

美優「先生… わたし、どうしたら…」
鹿目「もうあなたの不調の原因は、全て取り除きました。これからは前向きに、自分のやりたい事に集中できるはずです。」
美優「とりあえず… 今は… 仕事を頑張りたいと思います…」
鹿目「何よりです。あ、それではこちらが今回の診療報酬明細書です。保険適用外なので、やや高額にはなりましたが、治療結果にはご満足いただけたかと。」

   鹿目に渡された明細書を見て驚く美優

美優「先生、こんな金額、すぐにはお支払いできません…」
鹿目「ご安心ください。うちでは分割払いも可能ですが、出世払い制度もお選びいただけます。」
美優「…出世払い⁇」
鹿目「はい、あなたが前向きに仕事に取り組めるようになったのなら、いずれその治療費をお支払いいただくのもそう難しい事ではなくなっているでしょう。その時までお待ちしますよ。」
美優「先生…ありがとうございます!」
鹿目「はい、お大事に。再発させないように気をつけてくださいね。」


◯クリニックの外(昼)

   クリニックを出る美優 空は雲ひとつなく晴れ渡っている

美優モノローグ「なんか、やる気が湧いてきた! この治療費を返済するのも、いい目標だわ! 週明けから頑張るぞー!ああ、なんて素敵な五月晴れ!」

   初夏の爽やかな風の中、大きく大きく伸びをする美優

【完】

〜〜〜〜〜
創作サークル『シナリオ・ラボ』5月の参加作品です。お題は『初夏 Early Summer』。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?