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桜前線異状あり 【短編シナリオ風ノベル】

【登場人物】
・須藤久美子 (女性・42) メインキャスター
・田山りを (女性・19) コメンテーター・アイドル
・栗川茂樹 (男性・64) コメンテーター
・村神穂高 (男性・48) コメンテーター
・今中百合子 (女性・28) レポーター
・仲良井千恵 (女性・30) お天気キャスター
・佐々木陽希 (男性・36) 千鳥ヶ淵大学植物学研究員
・ヨッシー(染井ヨシノ) (推定樹齢45) ソメイヨシノ

○テレビ局のスタジオ(朝)

   モーニングショーを生放送中

仲良井千恵お天気キャスター「…各地は今日も暖かい日差しに包まれるでしょう。以上、天気予報でした!」

須藤久美子メインキャスター「はい、仲良井さん、ありがとうございました。」

   須藤キャスター、カメラに向き直り、一転表情を引き締める

須藤キャスター「それでは特集です。すっかり春めいてきましたが、今年もやはり、咲かないようです。」

   緊迫感の漂う音楽とタイトルが流れる

   『今年も来ないのか⁈ 桜前線』

須藤キャスター「日本の代表的な桜であるソメイヨシノが開花しなくなって、今年で3年目。原因もわからないまま、今もまだ蕾は固く閉じたままです。いったいどうして、こんなことになってしまったんでしょうか?」

栗川茂樹コメンテーター「そうですね。そもそもソメイヨシノは江戸時代後期に開発され、昭和の高度経済成長期に日本中に広まったという経緯があるんですが、これまでの歴史の中でもかつてない事態です。一昨年以来、地球温暖化の影響だとか、ソメイヨシノだけにかかる病原菌が出回ったとか、外来種による遺伝子汚染だとか、いろいろ言われて研究もされましたが、どれも決定的な原因究明とはなっていませんね。挙げ句の果てには、某国の陰謀論まで飛び出す始末です…」

村神穂高コメンテーター「日本人の世界に誇れるアイデンティティの象徴として、かつては『サクラ・富士山・大谷翔平』と言われたものですが、とうの昔に大谷翔平は引退し、富士山も10年前の大噴火で山容が大きく変わり、今は見る影もありません。このままサクラが咲かなければ、ますます国民は自信を失い、国際的地位の低下に歯止めが効かなくなってしまいます。」

須藤キャスター「りをちゃんはどう思います?」

田山りをアイドルコメンテーター「んーとねー、ワタシ思うにー、だいぶ前に学校の入学式が秋になったじゃないですか。あれで拗ねちゃったんじゃないですかね、サクラも。親にしたって、入学式にサクラと一緒に写真を撮らないと気分が出ないっていうか、映えないっていうか…キャハッw」

   コメントを無視してカメラ目線になる須藤キャスター

須藤キャスター「実はそんな状況の中、革新的な技術が、ある研究室で開発されたというのです。今日は現地と繋がっています。さっそく呼んでみましょう。今中さーん?」

○千鳥ヶ淵大学の研究室

   窓の外の桜の木の大写しからカメラが引いて、研究室の室内が映る

今中百合子レポーター「はい、今私は千鳥ヶ淵大学の研究室にお邪魔しています。こちら研究員の佐々木さんです。おはようございます。ここでは植物の様々な生体反応について研究されているとのことですが…」

佐々木陽希研究員「はい、長年植物に流れる微弱な電流を捉え、その反応を分析してきたんですが、最新のAIを使うことで、実は植物は様々な感情や高度な思考を持っている事がわかってきました。我々はそれを解析し、人間の言葉に即時翻訳する技術を開発することに成功したんです!ここに至るまでには、過去からの膨大なデータの積み重ねと、それを解析する多大な日々の労力がありまして、なんと言っても大変だったのが…」

   喰い気味に今中レポーターが割り込む

今中レポーター「つまり、植物がなにを考えているかわかるようになった、ということですね⁈ もしかしてサクラの木とお話しできたりするんですか⁈」

佐々木研究員「えほん、え…ええ、こちらの会話も即時翻訳して伝えます。たまたま研究対象にしていたのが、そこの庭先に生えているソメイヨシノだったので、ソメイヨシノ語はほぼ大丈夫です。」

今中レポーター「どんなふうに会話するんですか?」

佐々木研究員「このマイクに向かって語りかけます。画面に映っているのはソメイヨシノのアバターです。…ヨッシー、おはよう。聞こえるかい?」

今中レポーター「ヨッシー⁈」

佐々木研究員「(小声で)ええ、本名の染井ヨシノっておばあちゃんみたいで嫌だ、ヨッシーって呼んでくれって言うんですよ、彼女が」

   スピーカーから合成音声が流れてくる

ヨッシー「おはよう。なんだか妙に騒がしいわね。」

佐々木研究員「ああ、今朝はテレビ局の取材が入ってるんだ。悪いけど、ちょっとだけ話を聞かせてくれないかな?」

ヨッシー「…まあいいけど、なんか最近疲れ気味なんで、手短にお願いするわ。」

○テレビ局スタジオ

須藤キャスター「今中さん、ヨッシーさんにはスタジオのマイクと繋がりますか?こちらからお話伺うことはできますでしょうか?」

今中レポーター「はい、大丈夫です。」

栗川コメンテーター「ヨッシー…さん?聞こえますか?…あのー、なんで急に咲かなくなってしまったんでしょうか?国民みんな、私もですけど、お花見もできなくなって、もの凄く寂しいんですよ。」

ヨッシー「…あのね、正直言って生まれてこの方、お花見ってされるの大嫌いだったの。ワタシの事を綺麗って言ってくれるのは悪い気分じゃないけど、足元でドンチャン騒がれて、酒臭いは、下手な歌を聞かされるはで、もううんざりだったのよ。昔、新型コロナが流行った時は、ホント、せいせいしたわ。」

   鼻白む表情の栗川コメンテーター

アイドルりを「入学式が秋になったのは関係あります?」

ヨッシー「ああそうね。ワタシ子供が大好きだったのに、みんな写真を一緒に撮ってくれなくなって、なんか別にもう咲かなくてもいいのかなって…存在意義がわからなくなったって言うか…」

   ワイプで抜かれたアイドルりをが、当たった!と小さく叫んでガッツポーズをする

村神コメンテーター「ヨッシーさん?あなたがそう思う気持ちはわからないでもないんですが、それがまたなんで日本中のソメイヨシノが一斉に咲かなくなっちゃったんですかね?」

ヨッシー「あら、あなたもご存知だと思うけど、ワタシたちは挿し木や接木で増やされた、いわゆるクローンなの。だから、ワタシの考えはワタシたちの考えっていうわけ。おわかり? …ねえ、もういいかしら。なんか疲れちゃった。」

   急にアイドルりをが立ち上がり叫ぶ

アイドルりを「ねえ、待って、待ってよヨッシー!」

   話しかけながら、いつの間にか涙ぐんでいる

アイドルりを「ヨッシーごめんね、あなたの気持ち、わかってあげられなくて。もうお花見の宴会はしない。いっぱい子供たちと写真も撮るわ。だから…だからまた、お花咲かせてよ…私たち日本人みんな、自信を失ってるの。あなたたちだけが、最後に残された自慢だったのよ。特にこれからのわたし達に、この先の希望を持たせてほしいの。だから…だから…」

   しばらくの沈黙ののち、ヨッシーが話し始める

ヨッシー「…ごめんなさい。さっきまでの話は、ちょっと愚痴を聞いてほしかっただけ。気にしないで。」

アイドルりを「ヨッシー…」

ヨッシー「…本当のことを言うとね。ワタシたち、造られた時に、なんでだかわからないけど、咲く回数が決められてたみたいなの。あと一回、咲かせられるかどうかなのよ。それが終わったら、あとは枯れていくだけ…」

   スタジオに沈黙が流れる

ヨッシー「…でもわかったわ。もう一回だけ頑張ってみる。ワタシたちの最後の姿をしっかりと目に焼き付けて。そして約束して。ワタシたちに代わる、この国らしさを、これがこの国だというものを、新しく見つけてちょうだい。それがあなた達、若い人たちの務めよ。」

   スタジオ全員が叫ぶ

「ヨッシーさん!!待って!!ヨッシーさん!!」

○千鳥ヶ淵大学構内

   サクラの木の前で今中レポーターが興奮している

今中レポーター「見てください!サクラの花が、花が咲き始めました!みるみる満開になっていきます!凄く綺麗!」

○テレビ局スタジオ

   騒然とするスタジオの空気の中、仲良井お天気キャスターが次々に入ってくる原稿を読み始める

仲良井お天気キャスター「今、全国から続々と情報が入ってきています!各地でソメイヨシノが咲き始めました!鹿児島、高知、和歌山、東京、そして岩手…あ、今札幌でも開花した模様です!」

   須藤メインキャスターが目に涙を浮かべながら告げる

須藤キャスター「…今年の桜前線は、10分間で列島を駆け抜けました。ヨッシーさん、本当に…本当にありがとう。これからは私達の新しいアイデンティティの拠り所を、国民みんなで創り出さなければなりません。それがこれを最後に散っていく彼女たちに向けての恩返しです。
……特集を、終わります!」

[了]

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創作サークル『シナリオ・ラボ』3月の参加作品です。お題は『サクラサク』。

珍しく登場人物が多くなったので、サークル本来のシナリオ形式としてみました。

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桜前線レポート

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