見出し画像

アメリカの産業医のコア・コンピテンシー

https://acoem.org/learning/oemcompetencies

ACOEMとは

ACOEM (American College of Occupational and Environmental Medicine ,米国職業環境医学会)
参照:堀江正知. 米国における産業医学専門医の制度

コア・コンピテンシーとは

コンピテンシーとは、望ましい結果を適切に達成するために、業務を遂行したり、役割を果たしたりするための十分な身体的、知的、行動的資格を持っていることと定義されます。産業医に不可欠なコンピテンシーを定義する必要性から、ACOEMは1998年に最初の産業医のコンピテンシーセットを作成しました。その後、2008年、2014年に更新しましたが、職場のグローバル化と近代化の進展、および産業医の実践に関する知見の公開により、産業医が産業保健の分野と実践に常に対応できるように、また更新が必要になりました。産業医のコアコンピテンシーを定義することで、雇用者、政府機関、医療機関、その他の医療従事者に、産業医の確固たる役割と専門性を説明することができます。
注)"occupational and environmental medicine (OEM) physicians"を「産業医」と訳しています。

10のコア・コンピテンシー

ACOEMは、医師が最新の知識を身につけ、専門医の代表として活動できるよう、職業・環境医学(OEM)のコアコンピテンシーを以下の10項目に定めています。

1)臨床職業・環境医学 CLINICAL OCCUPATIONAL AND ENVIRONMENTAL MEDICINE

産業医は、職業または環境に関連する傷病について、エビデンスに基づく臨床評価と治療を行うための知識と技能を有していなければならない。産業医の専門知識は、個人の病状や業務に関連する状態が、業務遂行能力に与える影響の評価にも適用される。治療の過程を通じて、医師は患者の機能的能力を最大限に引き出すことを目指さなければならない。皮膚科、内科、神経科、呼吸器科、感染症科、整形外科、精神科、疼痛管理、睡眠医学など、幅広い専門分野での知識と技術が不可欠である。また、基礎的な危険因子や疾患を有する労働者は、職種によって特別な配慮を必要とする場合がある。産業医は、その知識と技術を駆使して、安全上の懸念がある、あるいは特定の曝露によって健康状態を悪化しうる職場の状態を特定します。産業医は、安全、人事、労務、産業衛生、医療職など他の専門家と協力し、疾病や危険因子を持つ労働者の適切な注意と仕事を評価し、職場環境の調整を行う。緊急対応、危険廃棄物、商業運転、フォークリフト操作、人工呼吸器の使用が必要な職種など、特定の職種の労働者の評価には、医師の視点が欠かせない。これらの職種では、作業中に突然または緊急の医療事象が発生した場合、対象者に大きな影響を及ぼす可能性がある。臨床的な専門知識は、個人の対面支援や集団への支援に加え、ケースマネージメント、peer to peerの話し合いといった活動にも適用される。また、産業保健サービスは遠隔医療を通じて提供されることもある。産業医は、産業保健業務の一環として、従業員の健康管理または集団の健康管理に責任を持つ。

2) 産業保健関連法および規制 OEM RELATED LAW AND REGULATIONS

産業医は、労働環境衛生に適用される規制、および仕事と健康の相互作用に関連する様々な法律を理解し、適用するために必要な知識と技能を有していなければならない。また、NIOSH(アメリカ国立労働安全衛生研究所)、DOT(アメリカ運輸省)、ACGIH(米国産業衛生専門家会議)、ACOEM などの組織による、作業方法、暴露、および労働者の健康と安全に影響を与えるその他の要因に関する自主基準、指針、勧告を認識しておく必要があります。産業医は、人事業務、産業衛生、安全、労使関係、政府業務、法務など様々な役割の非医療専門家と知識的に交流する必要があり、これらの専門家を指導する法律、規制、基準、慣行を理解しなければならない。

3) 環境衛生 ENVIRONMENTAL HEALTH

産業医は、個人だけでなく地域社会の健康に影響を与えうる化学的、物理的、生物学的環境要因を認識するために必要な知識と技術を持つべきである。環境問題には、自然または人工の汚染物質による大気、水、または土壌の汚染が含まれることが多い。産業医は、職業上の原因だけでなく、環境上の原因を含む曝露情報を取得する能力が必要であり、環境ハザードを特定する方法を理解していなければならない。また、潜在的な曝露経路とリスク評価を含む曝露評価に基づいて、リスクを特徴付けることができ、用量反応関係を理解し、環境及びバイオモニタリングのデータを公表された基準値と比較する方法を理解する必要がある。産業医は、鉛、アスベスト、ヒ素、ラドンなど、産業保健活動を行う地理的地域に関連する、医学的に重要な一般的環境物質や疾患について知っておく必要がある。

4) 労働者と作業との適応と、労働機能障害の管理  WORK FITNESS AND DISABILITY MANAGEMENT

産業医は、労働者が安全に職場にいて、必要な職務を遂行できるかどうかを判断するための知識と技能を有していなければならない。また、個人を評価し、他の専門家と支援を調整し、エビデンスに基づくガイドラインを活用して、治療または管理計画を立てることができなければならない。産業医は、事業者、他のプロバイダー、およびケースマネージャー、人間工学専門家、セラピスト、職業リハビリテ ーション専門家、安全専門家、弁護士、人事などの専門家からの情報を活用し、個人の能力と職務要件および本質的機能を適合することの促進ができなければならない。産業医は、職場が障害や機能制限のある従業員を受け入れる必要がある場合、あるいは職業リハビリテ ーションや障害者手当など他の手段を検討する必要がある場合、従業員と事業者に伝え、助言するために必要な知識と技術を有していなければならない。そのために、その障害が筋骨格系や認知機能、医学的状態(予後、治療効果や薬物の影響など)によるものか判断する知識と技術が必要になる。産業保健サービスを提供するもの中には、現行の障害評価や障害評価リソースを利用して、障害評価や独立した医学的検査を実施する者もいる。また、transitional or alternate work placement programsの開発や管理、他の産業保健サービスの有効性の評価、EBM・ガイドラインの遵守、および臨床転帰の監視を担当する場合もある。

5) 毒物学 TOXICOLOGY

産業医は、職場や一般環境における毒性物質への曝露による健康への影響を認識し、評価し、管理するための知識と技能を有していなければならない。産業医は、職業上および環境上の化学物質への曝露による潜在的リスクを特徴付けるため、既存の資 料やデータベース(SDS: Safety Data sheet, 安全データシート、PubChemTLV:Threshold Limit Value, 作業環境許容濃度など)に精通し、それらを利用できるようにならなければならない。産業医は、作業環境レポートや特定の暴露条件に関するデータを解釈し、潜在的な暴露経路や過度な暴露の可能性を判断することができる。また、過度な曝露による曝露者への悪影響や、そのような悪影響を確認するための標準的な臨床検査や生物学的検査に精通している必要がある。産業医は、特定の化学物質に暴露された個人に適した医学的・生物学的モニタリングの標準的な構成要素を実施することができる。また、これらの化学物質について法的に義務づけられているサーベイランスやモニタリングの手順についての知識も必要である。
*PubChemは、化学分子データベースの一つ。このシステムは、アメリカ国立衛生研究所の下の国立医学図書館の一部門である国立生物工学情報センターによって維持管理されている。

6) 危険の認識、評価、管理

産業医は、職場や環境における物理的、化学的、生物学的、心理社会的なハザードへの曝露による有害事象 のリスクがあるかどうかを評価するための知識と技術を有していなければならない。また、インダストリアル・ハイジニスやその他の認定された安全衛生専門家と協力し、それらの専門家による測定値や報告書を文脈に応じて解釈できるように準備しておく必要がある。曝露によるリスクがある場合、リスク・コントロールの措置や医学的モニタリングの助言とともにリスクを説明することができる。産業医は、産業衛生、人間工学、労働安全、リスク評価、コミュニケーションの基本原則を理解し、既知の物理的、化学的、生物学的、または心理社会的危険から個々の労働者、患者、および公衆の健康を守るために Hierarchy of Controls 原則を適用しなければならない。

7) 災害準備と緊急事態管理 DISASTER PREPAREDNESS AND EMERGENCY MANAGEMENT

産業医は、緊急事態への備え、緊急管理、およびパンデミックの準備と被害軽減において重要な役割を担うことがある。これには、従業員や家族、医療システム、企業、政府機関を守る重要な役割を果たすこと、また災害による経済的影響を予測・防止することで国や世界の労働者の健康に貢献することが含まれる。産業医は、緊急事態や災害の影響を受けた人々を治療したり、緊急対応者を評価するよう求められることがある。産業医は、物理的、化学的、生物学的、あるいは心理社会的な危険など、広範囲にわたる具体的な脅威を説明できるようになる必要があります。診療環境によっては、産業医は、自然災害や人災(mam-made disaster)への職場の対応を計画するために、事業者の危機対応チームと協力するための知識とスキルが必要となる場合がある。緊急管理計画には、資源の動員、労働者集団の追跡、コミュニケーション、医療製品の調達、資金調達、リーダーシップとガバナンス、非常事態対処計画などが含まれます。地域、州、または連邦政府機関との協力が不可欠である。

8) 健康および生産性 HEALTH AND PRODUCTIVITY

産業医は、労働者の健康を最適化し、パフォーマンスを向上させるために、職場における個人的・組織的な要因を特定し、対処することができなければならない。また、これらの要因(例:喫煙、うつ病、バーンアウト、、その他の病状)の影響度を評価し、労働者の健康を向上させる懸念事項(例:禁煙、身体活動、うつ病や血圧のスクリーニング、体重管理、マインドフルネス、レジリエンス・トレーニング)に取り組むために、その職場に関するプログラムを助言したり作成したりできるようにならなければならない。産業医は、データ管理および報告システムを理解し、健康リスク評価、健康保険請求データ、および実施されたウェルネス関連プログラムの効果から得られた集計データを評価することができなければならない。また、組織構造に関する知識を持ち、組織の上級管理職にデータを伝えることができなければならない。全体として産業医は、従業員にとって最適な健康とパフォーマンスのプログラムについて組織に助言を提供する能力を持つべきであり、それらのサービスを提供するための最適な方法についての意思決定に参加することができる。産業医は、組織が健康文化を促進し、職場の健康と安全をサポートするベストプラクティスに従って、あらゆるプログラムがビジネス目標に合致することを確実にするための助言を提供する。産業医は、システムに対する価値と、提案または実施されたイニシアチブの投資収益率を実証するための戦略を持つ必要がある。その目標は、健康で安全かつパフォーマンスの高い労働力を創出し、維持することである。

9.公衆衛生、監視、疾病予防 PUBLIC HEALTH, SURVEILLANCE, AND DISEASE PREVENTION

産業医は、一般的な職業・環境上の障害や、パンデミック、バイオテロ、気候・気象災害などの新興・壊滅的災害事象に対する個人・集団のリスクを評価し、準備し、対応できるようにしなければならない。彼らは、傾向や警鐘的事象を特定するために、職場や一般の人々のための医療監視プログラムを開発、評価、管理する知識と技術を有していなければならない。また、適切なスクリーニングのガイドラインや、労働者に対する予防接種や化学的防除の推奨事項についての知識があり、それらを適用することができなければならない。参照する情報としてUS Preventive Services Task Force (USPSTF), Hospital Infection Control Advisory Committee on Immunizations, Centers for Disease Control and Prevention (CDC), and guidelines (eg, bloodborne pathogen exposure) and applicable Occupational Safety and Health Administration (OSHA) standardsによるものなどがある。産業医は、個人および集団ベースの疾病予防と健康増進に一次、二次、三次予防アプローチを適用でき、個人と集団の両方に対して適切な予防医療を開発、実施、効果評価できるようになる必要がある。現在および将来の職業上の危険に対処するために情報技術を導入し、利用可能な情報を活用し、労働者、組織、および一般大衆にリスクを適切に伝える能力を有する必要がある。産業医はまた、利用可能な最善のエビデンスに基づく介入を行うために、担当する集団に関連するデータの取得、管理、および解釈において、データ管理能力を有すると同時に、専門家の疫学および生物統計学のサポートにアクセスする方法を知っている必要がある。産業医は、公衆衛生サービスや監視システムを測定し、組織化し、改善することができるはずである。

10) 労働安全衛生マネジメントと管理 OEM RELATED MANAGEMENT AND ADMINISTRATION

産業医は、包括的な労働・環境衛生プログラムおよびプロジェクトを計画、設計、実施、管理、評価 し、リーダーシップやガバナンスと協力して従業員の健康と安全を確保するための管理・運営の知識と技能を備えていなければならない。産業医は、医療給付、労災補償制度、電子カルテ、および管轄区域、業界、対象人口に適用される法律と規制の知識が必要である。また、医学的因果関係の概念と、労災やその他の法律・規制基準に関する評価の違いを理解し、明確に説明できるようにする必要がある。産業医は、あらゆる産業保健活動において、その対象者たちの多様なニーズや文化的背景を理解し、ニーズを満たすことが期待される。産業医は、同僚、他の医療職、インダストリアル・ハイジニスト、安全専門家、人間工学専門家、理学療法士、アスレチックトレーナー、事業者、法律専門家、人事専門家、保険会社、ケースマネージャー、調整員などによる大きな 産業保健チームの一員として協力し、その中でリーダーシップを発揮することができるはずである。また、日々の臨床医療において適用される臨床実践ガイドライン、品質向上プログラム、アウトカム評価戦略、医療情報学プログラムを評価し、実施することが期待される場合もある。産業医は、上記の9つのコアコンピテンシーの成功に不可欠なプログラムの多くを管理することができるはずです。

2021年版ACOEMの産業医のコア・コンピテンシーの完全版(PDF)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?