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シューマッハカレッジ滞在前編|森でフクロウの鳴き声を聴きながら

キューバからメキシコ経由でイギリスへ。6か国目。ついにヨーロッパ上陸!

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苦ありゃ楽もあるさ

イギリスはWWOOF発祥の国だし、ホストもすぐ見つかるっしょと油断していた。1ヶ月前くらいからいくつかの農場へ連絡を試みるも、「すでに希望日は埋まっちゃった」と断られるか返信が来ないかで、結局ホストが決まらないままにイギリス入りしてしまった。
結局、ロンドン在住の友人宅に転がり込み、さらには農場を探すサポートもしてもらった。有難すぎる…。
英国生まれの彼女曰く「イギリス人は計画をきっちり立てるのが好きだから、早めの連絡じゃないと受け入れてくれないかもね」と。メキシコ&キューバですっかり「明日のことは明日考えようぜ〜」とお気楽ラテンモードだった我々は、気を引き締め直し、今後の訪問先へ早めに連絡を入れたりフライトを調整したりと今後の旅程を組むことにした。イエス、計画性。

組み直した今後の予定はこんな感じ。
11/4〜13:オランダ アムステルダム(DIY手伝いなど)
11/14~15:ベルギー ブリュッセル(移動兼ねて観光)
11/15~30:フランス(2ヶ所でWWOOF)
12/1~12/14:イタリア ヴェルナッツァ(石積み)
12/15~1/6:フィンランド(1ヶ所WWOOF)
1/7~1/20:スペイン(WWOOF先探し中)
1/21~1/26:モロッコ(砂漠歩く)
1/27~2/1:シエラレオネ(調整中)
2/2~:フランス経由で日本へ

アジアにも行きたい欲が出たんだけど、世界一周航空券のフライド制限にかかる&3月頃の韓国→日本便の空席が全くないらしく(*)、断念。
ちょっとホームシックになったタイミングで組み直したからか、当初よりちょっと早めの帰国になりそう。
*世界一周航空券のチケットクラスで取れる席は限定的


お気楽モードで痛い目を見つつも、嬉しいこともあった。偶然、「となりのトトロがロンドンで舞台化!久石譲が監修!」という情報をTwitterで見かけた。

これは行きたい!と思ったら2週間先までチケット完売でガックシ。諦めずにWebサイトをチェックしていたら当日券が出ていて観に行くことができた。しかも前売り券より安い!

ネタバレになってしまうので多くを書けないのだけど、よかった。すごくよかった。よすぎて、最初と途中と最後で泣いた(特にそういうシーンではない)。元々涙もろい体質だけど、この旅ではしばしば感動して泣いてる。
原作に忠実に再現されていて、観に来ている人たちは当然原作を見たことのある人がほとんどだろうから、「あのシーン、あのキャラクターをどう表現する?」とワクワクしている感じ。そして「そう来たかー!!」って感じで笑ったり、拍手が沸いたり。観客席のノリが良い。舞台と一体になる感じがあって、楽しい。
トトロを愛する人たちがロンドンだけでもこんなにいるんだなー。ほくほくした気持ちで、トトロの人形を握りしめる小さな女の子や、ワインを片手に席に座るおじさまを眺める。

終わったあと。楽しかったー!って感じでみんな出ていく


念願のシューマッハ・カレッジへ

はてさて。イギリス滞在のメインはシューマッハ・カレッジ。存在はよく耳にしていて関心があったので、せっかくヨーロッパに行くならと訪れることにした。

シューマッハ・カレッジを知らない人にどんな学校?と聞かれても(聞かれた)いまいちうまく説明できない(できなかった)。エコロジーを基礎に据えて社会の在り方を探る、実践的なコミュニティであり大学院でもあるところ、という感じだろうか。

これまでの主流の教育体制は、現代の消費社会を応援し、支えてきた。(略)
実際、大学を出た人の多くは、自身の金儲けや快適な暮らし、社会的な成功のために、自然や他人に迷惑をかけることになる。この物質主義の現代にあっては、社会的不公正と環境破壊とは一体になっている。(略)
私たち人間もまた自然の一部なのだということを、そして自然と調和した生きかたがあるのだということを学ぶ。シューマッハー・カレッジをつくった理由はただそれだけだった。それは、エコロジーを教える場所であるだけでない。学生がエコロジカルな生きかたを実際にやってみる場所だ。

サティシュ・クマール著 辻信一訳『エレガント・シンプリシティ』(NHK出版)

ロンドンから南西に電車で3、4時間ほどの、トットネスという小さな田舎町にある。このまち自体も持続可能な社会づくりを目指すトランジションタウンの発祥の地として有名だ。

私が参加したのは5日間のショートコース。他に半年間ほどの園芸コースや1年間の修士コースがある。ちょうど、修士プログラムに留学中の日本人女性が友人の友人で、つないでもらって今回の滞在時に会うことができた。
北海道の環境分野で長く働いてきた彼女は、この場所で学ぶことを決めた理由として「エコロジーとエコノミーを共に扱おうとするバランスの良さに惹かれた」と聞かせてくれた。修士号を取得することには現時点ではさほど関心がないらしく、論文を書く必要のないコースに在籍していて(そんなパターンもあるのか!)学び終えたら日本に戻って実践者として働くつもりだと言う。
20人ちょっとの少人数クラスで唯一のアジア人で、日々奮闘しながらもたくさんの刺激を受けている様子を聞かせてくれた。むくむく(羨ましい気持ち)。

晴れた日は外でごはんを食べたり団欒する人も多い

イギリスではコロナを機に、オンラインとオフラインのハイブリッド型のプログラムを提供する大学が増えているよう。イギリスに限らないか。シューマッハ・カレッジもハイブリッドで展開しているらしい。私が訪れたタイミングはちょうど修士コースの人たちはレポートを書く在宅期間だったそうで、国内からの生徒は自宅に帰っていて、比較的人の少ないタイミングだった。
それでも小さなキャンパスには留学生やボランティアが常に行き交っていたし、カレッジのあるエリア一帯が観光地的な場所だそうで、散歩をする親子連れやランニングする人たち、さらには何かのイベントがあるらしくちびっ子たちで賑わっていた。

紅葉を楽しむ人たちがたくさんいた


自分の感性を拠り所に学ぶ

参加したのは、“Into the Night“というコース。
詳しい内容は案内文からは読み取れないままこのコースを選んだのは、日程的にタイミングがあったのと、体験重視の内容だろうから言語の壁がある中でも比較的なんとかなるんじゃないかと思ったから。結果なんとかならなかったんだけど(汗)。

参加者は私含めて7名で、全員女性。私以外はオランダとアメリカから1人ずつ、あとは全員イギリスから。情けないことに、ネイティブ同士で高速で交わされる会話は全く聞き取れないし、講師が話す内容も具体的な指示以外はいまいち理解できず。こんな語学レベルで参加してすみませんと思いつつ、みんなサポートしてくれてありがたかった…。

コースを担当した講師が環境教育やサステナビリティに詳しい人のようだったから、具体的な環境系の学習ができるのかなと期待していたのだけど、どうやら個々の感性や精神性を拠り所にその感度を高めていくような感じで。
「あなたと夜の関係性について話してみて」「昨日見た夢は?」などの問いかけを受けて参加者が話す時間が多い。詩や歌を愛でるのも新鮮な体験だった。講師のクリスは素晴らしいストーリーテラーで、面白いおとぎ話をいくつか語ってくれた。
森に分け入って、1人でそこに座り、じっと過ごす時間もあった。「森に話しかけてみて」。講師のクリスがささやく。ホーーー。フクロウの鳴き声が聴こえる。

〝夜〟を題材にした本たち

いくつか印象的だったアクティビティについて。
Moving meditation。「動く瞑想」の文字通り、それぞれが思い思いに動く。というか踊る。身体の声を聴きながら。瞑想ができているのかは分からないけど、身体のいろんな部位を意識しながら動かすのは気持ちよかった。
5本の指を伸ばすのがとても気持ちよくて、室内のライトが当たって床に伸びた手の影を見るのも面白い。長い時間指に集中していたと思う。ふと、私はもっと手を動かしたいんだなと思った。いろんな意味で。
自分の使う言葉を振り返ると、「手づくり」「手触り感」など〝手〟を含む表現をすることが多い。石積みにハマっちゃうし、畑にいる時間が好きだし、キッチンに立てない日が続くと結構ツラい。帰ったら編み物でもやってみるか。

〝手〟はシューマッハ・カレッジにおいても大きな核となるキーワードだ。創設者サティシュ・クマールは、3つのHを大切にしようと呼びかける。3つのHとは、ヘッド(Head)・ハート(Heart)・ハンド(Hand)のこと。頭ばかりに頼らず、手・身体を使い、心を満たして豊かに生きようというメッセージは、キッチンやガーデンをはじめとするカレッジの在り方にそのまま反映されている。
また東京工業大学の伊藤亜紗さんは、体感覚において視覚・聴覚が優位とされがちで、触覚はヒエラルキーの下位に置かれがちだと指摘する。

感覚のヒエラルキーは、大きく分けて視覚と聴覚が上位、嗅覚、味覚、触覚が下位に分けられますが、この二つのグループの線引きとなっているのが、まさにこの距離の問題なのです。
(中略)
家具であれ、家であれ、視覚であれば、適切な距離のもとに全体を一瞬のうちに認識することが可能です。ところが、触覚の場合は、部分を積み重ねるような仕方でしか、対象を認識することができません。ゆえに時間がかかる。

伊藤亜紗『手の倫理』(講談社)

初めて読んだ時に我が意を得たり!と思ったのを覚えている。手から受け取る情報は多い。言葉でうまく説明できなくとも、確かなものとして蓄積されている。

夜な夜な火を囲む


コース中は森に入ったり丘を登る時間が多くあった。特に面白かったのは、森の中で目隠しをしたまま、時折鳴る太鼓の音を辿って歩いていくアクティビティ。耳に神経を集中させて、真っ暗闇を歩くのはなかなかスリリングだった。7人の大人がそれぞれの場所で手を前に突き出して、そろりそろりと歩いていく様子は周囲から見ればさぞ滑稽だろう。
太鼓の音が聞こえる時はいい。でも聞こえなくなってしばらくすると急に不安が押し寄せてくる。これで合っているんだろうか。立ち止まって呼吸を整えたほうがいいんじゃないだろうか。
無事に辿り着いたあと、「今の経験を、人生になぞらえて振り返ってみて」と言われてハッとする。手探りで一歩ずつ足を動かして曲がりくねりながら歩いていく様子は、まさに自分の生きてきた様子そのものだ。
早くゴールに着きたいけど、実際たどりついてみると「もう終わりか」とちょっとさみしい。不安と希望を抱えながら歩く過程そのものを楽しめるといい。

落ち葉を踏みしめながら、木に触れながら、歩く


シューマッハ・カレッジでの体験。後編へ続く。

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