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新しい蝋燭には、まず灯をともして幽霊を待つ

蝋燭は好きだが、買ってからまだしばらくは灯をともさないこともある。忘れていたり、またはそんな気分にならないときなどが、そうだ。

先日友達を 何人か呼んだときに、スコットランド出身のボブが座って飲み物を手にとったとたん、いきなり「マッチかライターある?」とわたしに聞いた。

「あら、煙草吸っていたっけ?」とびっくりしたら、「いや、蝋燭に灯をともさなきゃ」と言う。珈琲テーブルの上には、まだ新しい蝋燭が二本、白い芯もそのままに置いてある。その両方にマッチで灯をつけたボブは、ふわっと明るくなったテーブルから目を上げると、驚くほど深みのある緑色の眼をわたしに向けた。

「灯をともしていない蝋燭はよくないんだ、迷信なのかもしれないけど…。僕の母は蝋燭を台に置いたら、たとえすぐに使わなくても灯をともして芯を黒くしたよ。引き出しの中の蝋燭はまだセットしていないからいいんだ」

「それに、蝋燭の灯はふつう黄色いものだけれど、これが青い灯に変わると幽霊がそばにいるんだって」とも付け加えた。

ずいぶん前のことだが、強く印象に残っていたらしい。
ふと気がつくと、サイドボードに新しい蝋燭があった。そこから皿を出そうとしたとたん、目に入ったのだ。さっそくマッチをとって灯をともす。マッチを手にしたまま見回したら、サイドテーブルの上にも新しい蝋燭がある。これにも灯をともす。結局すでに使っていた蝋燭も含めて、部屋中の蝋燭をつけて回った。

蝋燭の灯がゆらゆらと部屋を照らし始めたので、部屋の灯りを暗くしてみる。部屋の隅々まで行き届いていた灯りがなくなり、蝋燭のまわりだけにそっと柔らかい空間ができあがった。

灯りを青くしないでね、出てこないでね、と願いながらソファーにゆっくりと身を沈める。

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