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葬列#3【小説】

彼はまだ生きているはずの彼女を探しに中野へ帰ってきた。
 
きっとお前は俺の部屋にでも勝手に上がり込んで、敷きっぱなしの布団からのっそりと起き上がって出迎えるはずだ。
彼は電車の中でそれを経のように繰り返し、彼女のマシュマロのような寝息と重たい瞼の青黒い血管と猫のように伸ばす腕と関節の軋む音を脳内で転がして微笑んだ。あまりにも精密だったために彼は彼女の生を確信する。しかし、乗客たちの表情が彼を苛立たせた。
半蔵門線の紫のシートに有象無象。三号車登り方面右手の優先席に座るとある紳士。手元の端末のブルーライトを浴びた青白い顔に蠅がたかるも気づかない様子で不器用に人差し指で操作し、背後の窓ガラスに反射するのは裸の女である。その向かいの若い女。同じく青白い顔で端末を鏡代わりに前髪を触っているが、ミニスカートから突き出す骨ばった膝の痣。
 どいつもこいつもお前が生きているっていうのに辛気臭い顔しやがって。
 彼は大手町で降りて、我慢できずにホームに酔いつぶれる男を殴った。彼は人々にもっとハッピーな顔をしていて欲しかった。せっかく彼女は生きているのだから。

 中野で降りて彼は腹が減ったので日高屋に行った。部屋で眠っている彼女をもう少し寝かせてあげるべきだと考えたからだ。彼と彼女が初めて出会って一緒に飯を食べたのはここであったが、彼はほとんどそのことを覚えていない。
 彼は鶏肉の死骸を揚げたやつを食べながらその味を意識することはなく、彼女の寝息と瞼と血管と腕を思い浮かべて繰り返し繰り返して繰り返し、口の中ではせっかく調合した鶏肉と醤油とにんにくと酒と生姜と油と小麦粉を繰り返し繰り返して繰り返し咀嚼し、また彼女の寝息瞼血管腕、口内の鶏肉醤油にんにく酒生姜油小麦粉である。
彼はただ腹を満たし、脂ぎった床に少しだけ足を滑らせて店を出た。

早稲田通りに猫が死んでいた。車に轢かれたらしきつぶれた死体ではなく、斬と、ほんの一瞬に、走馬灯さえも見ない間に、斬と殺されたように硬直して横たわっていた。彼は殴った男とさっきの鶏を思い出して、その背後に彼女を想って、ガードレールを越えて、死体を蹴って、歩道のブロックに立てかけて、立てかけたところでそれが近所の飼い猫だということに気が付いた。いつも陽の当たる窓辺に白い腹とピンクの肉球を晒して寝転んでいて、桃源郷のように彼は思っていた。彼はその清潔な肉体がこうして硬く汚れてしまったことを悲しみ、両手でその亡骸をしっかりと抱えて歩いた。歩いて暫くして見えた公園の便所の裏手に穴を掘り亡骸を入れ土をかぶせた。彼の手や着ているものは土や血で汚れたが、その喪服が喪服としての機能を果たしたので彼は満足だった。
彼は手を併せ、その後で物足りなく思い、BB弾を十字に並べて墓を後にした。

彼の家に彼女はいなかった。
彼は落胆した。しかしそれは彼女が部屋にいないという寂しさであり、数回の端末操作で彼女がビニール袋を提げてふらりと現れるのを鼻腔に甘く感じていた。
彼は部屋に入り、喪服を脱ぎ、顔を洗い、タオルがあるはずの場所になかったので干してあるところから取って、右腕にあるはずのブレスレットがないことに気付く。紛失場所を少し考えて、しかし彼女との繋がりはあの薄いチェーンに頼る必要はない気がしたのですぐに布団に寝転がり、やはり呼ばなくても明日にはきっと来てくれそうな気がしたために手に取った端末をすぐに放って、目を閉じ、朝がきた。

何時ごろくるの