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7月に読み終えた本

リモート生活もだいぶ長くなったが、いまさらながら、毎日出社していた頃のほうが本を読めていたなと思う。行き帰りの電車と昼休みには本を開いていたのがけっこう大きかった。リモートワークになって移動時間がまるまる自分の時間になったわけだが、その時間で家事をしたり、睡眠時間が増えたり、走りに行ったりして、別にその時間を本に当てられているわけでもない。
加えて、家で本を開くと、読みながら寝てしまう。読みながら寝ることはたまにあったが、移動のときはあまり眠くならない(外で眠れない)質なので、その割合が減り、その結果自分が読んだら寝るやつだということが前景化され、微妙にショックだった。

村上春樹『古くて素敵なクラシック・レコードたち』(文藝春秋)

村上春樹が、自身が所有しているクラシック音楽のレコードから楽曲別に数枚選んで、レビューしていくという本。ものすごい数(帯には486枚とある)が紹介されているのだが、当然、コレクションのごく一部だそうだ。まえがきには、LPレコードのコレクションの内訳が「ジャズが七割、クラシックが二割、ロック・ポピュラーが一割」(10頁)とあるので、ジャズレコードの数が尋常じゃないのにも驚く。ジャズ喫茶やってたのは伊達じゃない。ちなみにジャズのレコードはこだわるけど、クラシックは行きあたりばったり買ってるというようなことも書いていて、それもおもしろい(たまに100円で買ったようなものも紹介されている)。
内容としては、私的なディスクガイドといった感じ。村上春樹の音楽本はどれもおもしろいけど、この本もそれぞれが短いレビューなんだけれども、やっぱりおもしろい。聴き巧者ぶりもさすが。いちいち紹介されている演奏が気になってしまう。とはいえレコードもプレーヤーもないのでSpotifyで探してみるのだが、それでも見つからなかったりする(かなりマイナーな盤だったり、非常に古いのが紹介されてたりする)。聴けるものからちょいちょい聴いてみようと思う。
せっかくレコードが紹介されているのレコードで聴ける環境を整えてみたいと思うと同時に、その「環境」はじっくりと音楽を聴く「時間」までも含めないといけないものだと思うとなかなか大変そうだ。本、音楽、ゲーム、すべてを解決するための空間がほしい。


松村圭一郎『はみだしの人類学――ともに生きる方法』(NHK出版)

読みやすそうなのでぱっと買ってさっと読んだ。
文化人類学というと未開の地へ行き、現地の人と交わって調査という感じがするが、もうちょい抽象的な、文化人類学がそこで何を行っているかということを抽象的にし、我々の社会やコミュニケーションを理解するヒントを提供してるといった趣。そのキーワードが「つながり」や「はみだし」となる。人の持つ(さまざまな)属性も、他人とのつながりの中で変わるものであるし、重なり合うものでもある。そしてコミュニケーションをとっていくうちに境界をはみだし、変容していく。こういうのは社会学の文脈で聞いたりすることはあるが、文化人類学でもこういうふうなことを考えてやっているんだなあと思った。まあ隣接しているといえばしているので、当然かも知れない。
読みやすいシリーズだなと思ったので、他の本も読んでみても良さそう。


穂村弘『シンジケート[新装版]』(講談社)

穂村弘の第一歌集の新装版。旧版を持っているのだが、やっぱり気になって買ってしまった。いま旧版と見比べているのだが(そして見比べるまでもなく全然違うのだが)、手持ちの旧版は2006年に沖積舎から出た新装版で、こっちも新装版やんけと思った。元は1990年に出版されている。
自分が穂村弘を知ったのは20代そこそこの頃で、それこそ『シンジケート』が出版されて15年ぐらい経っていたと思うが、その時点でも(いまの)短歌ってこんな感じなのか、こんな歌人がいるのかと驚いた。歌集だけでなくエッセイや評論も読んで、すぐファンになった。
短歌に関しては、言葉のおもしろさや唐突さが印象的で、しかしこれはなんなんだろうかという気持ちもあり、今回読み返してもむずかしいなと思った。今回の新装版には解説というか評論というか、いくつか文章が収められているが、個人的にはこういうのセットで短歌を読むのがおもしろいなあと思っている(穂村弘に限らない)。
むずかしいと思いつつも、音のおもしろさや1ページに数首しか書いてないために多く余白がある感じ、装丁の細やかさなど、見るべきところがたくさんあって愉しかった。突然キャンディの包み紙が現れるのも、びっくりした。


ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン『アメリカを作った思想 ――五〇〇年の歴史』(ちくま学芸文庫)

訳者あとがきで、「思想史」とはなんぞやということに触れられているのだが、ざっくり書くと、アメリカ思想史の研究者たちが取り組んでいるのは、思想や観念の「内部構成インテリア」の分析と、その社会的文脈との相互作用の研究だということである(318頁)。哲学・思想の本、歴史の本を読むのが好きなので、それが合わさったような思想史の本というのはけっこう好きなジャンルの本で、思わず手にとった。
たくさんトピックがあるのだが、自分が興味を持ったのはプラグマティズムで、その考え方は簡潔にこう書かれている。「(ウィリアム・)ジェイムズはあらゆる真理は「可塑的プラスティック」だと考えた。真理は個別的であって決して絶対的ではない。真理は超越的ではなく、世界の日々の作動に内在している」(188頁)。これは、エピローグで触れられるリチャード・ローティの思想(とその他「基礎抜き」の立場を取る思想家たち)にまで連綿とつながっていて、アメリカの知的伝統と言っていい考えとなっている。そういう意味で、プラグマティズムを知ることは「アメリカ」を理解する一助となるのではないかなと思った。次はこのあたりの入門書を読んでみたい。