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椎名誠、北海道の朝靄の彼方にテキサスを見る

 前回少し触れた椎名誠『あやしい探検隊 北海道乱入』(旧書名『あやしい探検隊 北海道物乞い旅』)に関連した延長戦を。

椎名誠『あやしい探検隊 北海道乱入』(角川文庫、2014)

「あやしい探検隊」は、1980年に刊行された『わしらは怪しい探検隊』の好評を受けて、以来断続的に執筆の続けられている椎名誠の代表的シリーズです。
 本作『北海道乱入』は21世紀に入ってから大きなメンバーチェンジを経て編成された第3期あやしい探検隊の活動を描いたものです。
 基本的にはこの第3期探検隊は、掲載雑誌の関係から魚釣りをメインとしていて「雑魚釣り隊」が正式な名称となっているのですが、釣りをしない旅もありその際には従来のあやしい探検隊がタイトルに冠されています。

 そういうわけでこの『あやしい探検隊 北海道乱入』は、その雑魚釣り隊の陸上遊撃専用あやしい探検隊による、最初から最後まで至れり尽くせりの、旧書名がタイトルに偽りありと変更を余儀なくされたのも納得の北海道豪華飽食旅となっています。
 もうページ開くごとに、カキだジンギスカンだタンメンだちゃんちゃん焼きだエビだカレーうどんだ寿司だカニだヒラメだウニだと、山海の珍味が和洋中の料理となって次から次へと波状攻撃を仕掛けてきて、単純にうらやましくてうらめしい。
 ただ、今回のメインはそういううらめしくてうらやましいという話ではなく、旅の最中での偶然の出会いについてです。

 茨城県大洗からフェリーのさんふらわあで苫小牧に到着した一行は、北海道上陸2日目、紹介を受けた「にいかっぷホロシリ乗馬クラブ」で乗馬体験をすることとなります。

 ここの馬は数頭のアラブを除いてみんなサラブレッド。そしてみんな優秀な成績をおさめている競走馬ばかりだ。おれにあてがわれたのは五三戦して一一勝、総賞金六億一三二六万円を獲得しているというダイワテキサスというお名前のサラブレッドだった。タハタハ。そんな偉い「お馬さま」におれなどが乗っかってしまっていいのだろうか。降りてうしろから紐につながれて後をついていったほうがいいのではないだろうか。

 アラブとサラブレッドはそれぞれ馬の種類の名称です。
 特に競馬に出走するのは全てサラブレッドで、こちらは厳正な血統書がつけられています。その管理は徹底していて、現在全世界のサラブレッドの父親をたどると、17世紀末から18世紀初頭にいたわずか三頭の馬に絞られるほどです。
 そしてその椎名誠のまたがった、血統正しいかつての競走馬の名前に目が留まりました。

 ダイワテキサス

 私もウマ娘にはまってから、すっかりこうした馬名にも敏感になってしまいました。
 調べてみるとダイワスカーレットと馬主が共通していて、1995年のデビューから2001年末まで息の長い活躍を見せた根強いファンのいた人気馬だったとのこと。

 ウマ娘的にいうとエアグルーヴと同期(新馬戦でぶつかってもいます)で、その後の世代のキングヘイローセイウンスカイスペシャルウィークと対戦もあり、マンハッタンカフェの3歳有馬記念制覇を見届けた、なかなかに錚々たる面子との対戦歴を誇ります。
 驚いたのは、現在公開されている劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』でも描かれている、あの2000年の有馬記念でテイエムオペラオーメイショウドトウに次いで3着に入っていたのがこの馬だったんですね。
 この時7歳、既にエアグルーヴは引退していて第1子であるアドマイヤグルーヴを生んでいます。

 競走馬の世界の激しい移り変わりに揉まれつつ、懸命に駆け抜けて得た生涯獲得賞金6億1326万円は、庶民の私からしますと天文学的数字でただため息しか洩れませんが、果たして馬の世界ではどんなものなんだろう。そんな疑問には次のサイトが答えてくれました。

 競馬レースで最も格が高いGIレース未勝利馬による獲得賞金ランキングです。
 これによりますと、ダイワテキサスは2024年現在5位。1984年のグレード制導入後と考えましても40年にわたる競馬史のなかで上から5頭目の、文字通り屈指の名馬であり、本当に偉いお馬さまだったのです。

 賞金総額の大きな割合を占める重賞の勝利内容を眺めてみますと、このダイワテキサス、夏にめっぽう強かったとうかがえてきます。
 勝った重賞5戦のうち2月開催の中山記念の1戦以外は8月9月の暑い盛りばかり、特に競馬場の改修のため中山競馬場で行われた新潟記念を制しているのが特に象徴的で、レースの記録映像では夏の馬場で終盤控えた後方から溜めに溜めた熱気を鋭い末脚に変える差しの走りを見せてくれます。

 そして夏に強いといえば椎名誠くらい夏をイメージさせる作家もいません。
 好きなのは圧倒的に山より海で、かつてはスキューバダイビングを趣味として世界各地の海を潜り、日本全国の海や島を巡る連載を重ねて、八丈島に沖縄にと足繁く通い、ウリーグという50チーム以上を数える簡易野球リーグ戦を毎年行い、真っ黒に日焼けした外観でビールのCMにまで抜擢されていた作家が夏を思い起こさせないとしたら、それは嘘ってもんです。

 その夏男の作家椎名誠に、夏男の元競走馬ダイワテキサスが、初夏の北海道で出会うというのはすごい奇縁ですが、一方でそういう二人だからこそ巡り合わせたのも必然だったようにも思えてきます。

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