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つなぎ続ける徳蔵寺の想い(ガイドインタビュー:徳蔵寺 寺族 辰巳悦佳さん)


徳蔵寺とは?

白倉山と五社山の中腹中央を背に集落を見渡す少し高いところにある徳蔵寺。その歴史は長く1300年にも上るお寺です。(現在の建物は文化11年1814年上棟)境内には庚申堂があり、畿内三庚申のお寺としても知られています。

庚申さん・・・十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせると全部で60種類の組み合わせができ、年月日、時、方角を表すのに使われた。これが一回りすると六十という数になり、年齢でいうと「還暦」ということになる。その一つが「庚申」で、「かのえさる」また、「コウシン」と読む。畿内三庚申とは「四天王寺」「郡山小泉」「徳蔵寺」である。

境内の庚申堂

徳蔵寺は四季折々の姿を魅せてくれるのも特徴の一つ。
春には見事なしだれ桜が立派に咲き誇ります。今のしだれ桜は現在2代目で、1代目は伊勢湾台風の時に折れてしまったのだそう。

夏のお盆には、帰ってきた死者の魂を現世からふたたびあの世へと送り出すために「送り火」を行います。その光景は幻想的で心奪われる風景です。

そして、秋のお彼岸には境内一面を紅白の彼岸花が彩ります。

朝日に照らされるしだれ桜(3月末~4月初旬)
徳蔵寺に灯される送り火(8月15日)
境内を彩る彼岸花(9月20日前後)

そんな徳蔵寺の寺族である辰巳悦佳さんにお話しを伺いました。

悦佳さんが徳蔵寺に嫁いできたのは昭和46年、今から53年前。
そのころの徳蔵寺は村内外から参拝者が訪れる賑わいのある場所でした。
毎年3月の最終日曜日に行われる庚申祭りではたくさんの人が訪れていました。

昔の庚申祭りでのもちまき

それが地場産業である林業の衰退、加速する人口の減少、世の中の変化とともに少しずつ賑わいも減ってきたそうです。これは徳蔵寺に限ったことではありません。村内の他のお寺やお宮さんもどんどん行事が減って、賑わいがなくなってきています。

そんな苦境の中ですが、悦佳さんは「先代の想いを継ぐ檀信徒の皆さまが、昔から大事にしてきたことを今もつないでくれている」と話します。

お寺を支える檀信徒の皆さん

徳蔵寺の想い

「守り申」作りもその一つ。

「守り申」づくり体験を通して、「少しでも多くの人に徳蔵寺を知ってもらい、行事関係なく日頃から人が来てくれるようになって、それで地域全体が元気になればいいなぁ」と悦佳さん。

守り申作り体験の様子

そこには「徳蔵寺の火を消さないように、守っていきたい」という強い想いがありました。

(文=スタッフY)

体験プログラム【庚申さんの「守り申」づくり】の様子


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