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情報量をコントロールする

地元にUターンして2年、家を建てて引っ越して半年が経ちましたが、精神的にはっきり変化したことがひとつあります。

それは「情報ストレスに弱くなった」ことです。

具体的に言うと、SNSに流れてくるネガティブな発信や、某掲示板の荒々しい書き込みを読むのが辛くなりました。今は意図的にそれらの情報に触れないようにしています。

田舎と都会、違いのひとつは「情報量」です。いくらネットが発達しようと、五感で触れる情報量は、田舎と都会では圧倒的な違いがあります。量も違えば質も違う。歌舞伎町の真ん中に立って得られる情報と、田んぼの真ん中に立って得られる情報は、もはや次元が違います。

人間の最大の武器は「慣れること」だと、何かの本に書いてありました。仕事に慣れる、人間関係に慣れる、新天地に慣れる。同じように、ある程度のストレスにも体は適応すると思うのです。良い意味でも悪い意味でも。

情報量が多い環境に身を置けば、情報に対するストレス耐性も高まります。私は2年前まで、現在よりは情報量の多い環境に身を置いていました。その時はSNSのネガティブ発信や某掲示板の荒々しい書き込みも普通に読むことが出来ました。今思えば、情報ストレスの耐性が高まっていたのだと思います。良い意味でも悪い意味でも。

現在の環境では、情報は流れて来るものではありません。こちらから積極的に取りに行かなくてはなりません。ただ突っ立っているだけでは得られる情報は少ない。これは田舎の大きな特徴であり、デメリットに取られがちですが、私は逆にメリットなのではないかと、最近考えています。

情報量が多い環境は、欲しくない情報も勝手に流れて来る。別に欲しくもない情報に簡単に手を伸ばしてしまう。あふれる情報量の善悪や是非を感じにくい。田舎はそういう「雑音」が非常に少ないのです。

今までスラスラ読めていたネガティブ発言や荒々しい書き込みは、果たして本当に自分にとって必要な情報だったのか。ストレス耐性が高まっていたから刺激的に読めていただけで、その後の自分の血となり肉となる情報だったのか。

五感で触れる情報が半世紀前と変わっていないようなこの環境の外では、数年先も予測出来ない激動の変化が起こっている。世界に取り残され、真の「田舎者」にならないためには、この環境を逆手に取り、情報量をコントロールする必要があります。

何が必要で、何が不要なのか。何が正しくて、何が正しくないのか。自分には何が出来て、これから何がしたいのか。

今まさに私が触れている情報は、窓から入ってくる少し冷たくなった夜風と、鈴虫の鳴き声です。限られた情報量しか得られない環境で、本当に必要な情報とは何かを常に考えながら、日々を過ごしていきたいと思います。

それではまた。

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