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2月14日(日)犀の角(稽古場)

彼女はこの『貴婦人と泥棒』の屋台骨なのだと思った。貴婦人という役柄も、その人柄も、全部ひっくるめて彼女はこの稽古場の中心にいた。山﨑到子(やまざき とうこ)さん、今回の『貴婦人と泥棒』を含め劇壇百羊箱の全公演に関わっている。ちなみに前回の公演『M夫人の回想』はトウコさんの一人芝居だ。彼女に『貴婦人と泥棒』について聞いてみると「種蒔きのような公演」という答えが返ってきた。確かにトウコさんは彼女の中にある知識や経験を丁寧に言語化し、他の役者陣に惜しみなく共有という名の種を蒔いている。例えば感情的な演技を行いながら、他の役者と息を合わせなければならないというシーンでは「感情的なシーンほど段取りを踏むの」と、役者同士が息を合わせやすいよう段取りの解説をしていた。トウコさんが役者陣に共有した知識や経験は枚挙にいとまがない。

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(山﨑到子さん/撮影:伊東昌恒さん)

「ちゃーちゃんのやりたいと思うことを実現したい」というトウコさん。ちゃーちゃんとはプロデューサーの伊藤茶色さんのことだ。トウコさんと茶色さんの付き合いはかれこれ5年以上になるという。いくつもの作品を共に作り上げる中で、2人は数多くの想いや考えを共有してきた。「シェアできるものはシェアして、仲間を増やしたい」茶色さんと同じ言葉で話せる人が増えて欲しいとトウコさんは言う。トウコさんと茶色さんが互いに信頼し合ってるのは、稽古場でひしひしと感じる。トウコさんは役者として、茶色さんはプロデューサーとして良いものを作ろうと支え合っている。屋台骨はトウコさんだけじゃない、茶色さんもまた『貴婦人と泥棒』の屋台骨だった。そんな当たり前のことを遠回りしてやっと気付く。「ちゃーちゃんは芝居バカなの」と笑うトウコさんに、2人の歩んできた時間を見た気がした。

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(伊藤茶色さん/撮影:伊東昌恒さん)

トウコさんが蒔いた種は、役者陣の中でしっかり芽が出ている。そう思ったのは主人公・ユキを演じるミネさんこと永峯克将(ながみね かつまさ)さんの演技に大きな変化を感じたからだ。現在大学3年生のミネさんは、大学1年で入った演劇サークルをきっかけに芝居の世界に足を踏み入れた。主人公を演じるのは今回が初めてだというミネさんは、『貴婦人と泥棒』で演出補佐を務める石榑さんの『こわれがめ』に出演し、それを観た岸さんに声をかけられたそうだ。ある時まで私はミネさんに心許ない印象を抱いていた。若さゆえか、それとも役柄か。私には判断がつかなかった。でも、いつの間にかその心許なさはどこかへと去り、ミネさんの中に一本の芯が通ってるように感じた。「役者が何をしたらいいかわかってなかったんです」と話すミネさん。トウコさんからの指摘を受けて自分が本当の意味で台本を読めてなかったと気付いたそうだ。セリフの内面にあるものを脚本から読み取れず、表面的な理解になっていたという。

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(永峯克将さん/撮影:伊東昌恒さん)

「去年、脚本の読み方的な技術書を買ったんですけど、ちゃんと読めてなくて…。でも、この機会に読んでみたらすらすら入ってきたんです。トウコさんの言葉の意味もようやくわかりました」トウコさんの言葉や技術書から多くのものを吸収し、成長したミネさん。成長した、なんてどこから目線だと思うが彼に関してはそう表現する他ない。ミネさんのひとつひとつの表情に目が離せなくなり、あるシーンでは彼の叫びに思わず目頭が熱くなった。彼はセリフの内面にあるユキの想いを読み取り、形にできるようになったのだと思う。「前よりも芝居が好きになりました」と目が眩みそうな笑顔で話す彼を見てメモを取る私の手が震えた。『貴婦人と泥棒』の稽古場は、ただ単に芝居が作られていく場所ではない。それぞれが壁にぶつかり、変化し、あるいは成長しながら芝居を生み出す空間だった。その変化をこの目で見ることができた。その喜びを忘れないよう、私はここに綴る。

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(撮影:伊東昌恒さん)

本番まであと数日。
今まで役者陣に当ててきた焦点を、
次は作・演出の岸さんに当てよう。

「脚本の読み方がわかって楽しい!」by ミネさん
(彼の楽しいという気持ちがありありと伝わった)

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新作公演『貴婦人と泥棒』
【作・演出】岸亜弓
【出演】永峯克将|寺下雅二|若月彩音|田村美央|舞沢智子|石榑八真斗|山﨑到子
【会場】犀の角
【スケジュール】
2021年2月27日(土)14時/19時
2月28日(日)11時/16時
※各回開場は開演の30分前
【物語】
家事代行スタッフとして働きはじめたユキは、とある老婦人の家へと派遣されることになる。はじめは彼女の要求が理解できず苦労するユキであったが、次第に心を通わせていく。そんな中、友人であり同僚のアサヒから驚くべき事実が告げられるのであった――

新作公演『貴婦人と泥棒』について詳しくはこちらから


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