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【小説】想いをかける赤い橋

「だいぶ揃ってきたね」
本立ての間に並んだ本を見て彼女が呟く。地元に架かる真っ赤な鉄橋を模した本立て。本の無いこの部屋には不釣り合いな、でもどうしても欲しくて買ったもの。しかし、ぽつねんと置かれているのを見兼ねた彼女が、本を増やそうと提案してきた。月に1冊、それぞれが選んだ本を両端から置いていく。向かって左から彼女、右から僕が選んだ本が並んでいる。写真集、画集、絵本、漫画、伝記、図鑑。その種類は様々だ。
「そういえば」
とん、と持っていたマグカップを机に置く彼女。
「あの橋も来年の3月だってね」
ふいに落ちた橋の映像が脳裏を過ぎる。台風で落ちてしまった故郷の真っ赤な鉄橋。電車に乗って、その橋を越えて、そして街へと繰り出した思い出。様々な記憶が場所や時間を問わず同時に駆け巡る。
「帰る時さ」
彼女の言葉にハッと意識が現実へと戻る。
「本立て、持ってこうよ」
「ん?」
「里帰り」
突拍子もない提案に彼女の意図が読めない。里帰りに本立てが必要なのだろうか、彼女には。僕の困惑を気にも留めず彼女は話を続ける。
「あれって、あの橋から生まれたんでしょ」
「うん、まあ」
正確には工場で生まれてると思うけどなんて野暮な言葉は飲み込んだ。
「持って帰ったら、本立ても里帰りできるじゃん」
「その発想はなかった」
「いいアイディアでしょ」
ふふんと鼻高々に、そして不敵に笑う彼女。
「でも却下」
「えー、ケチぃ」
机に突っ伏す彼女を横目に考える。本立ての里帰り、か。ちょっとだけおもしろいと思った自分もいる。しかし、かさばる。できるなら荷物は少なめで帰りたい。さて、どうしたものか。考えに考えて、思いつく。
「写真にしない?」
机からのそりと顔をあげ、じと目で僕を見つめる。あ、チベットスナギツネに似てる、なんて言ったら怒るだろうな。
「写真じゃおもしろくない」
「そうかな」
「そうだよ」
不服そうに唇を尖らせる彼女に提案を続ける。
「今、本立てには僕たちが選んだ本が並んでいます」
「はい」
そうですねと言って視線を向ける彼女。
「並んでる本と本立ての写真を撮ります」
「ふむ」
「その写真を持って、復旧した赤い橋と本立ての写真を重ねます」
「ほう」
「写真と橋とがぴったり重なってる時に電車が通ったら」
「うん」
「僕たちが選んだ本の中を、電車が駆け抜けていく感じがしませんか?」
本立てから僕に移る視線。じっと僕の顔を見つめてニヤリとする彼女。
「この、ロマンチストめ」
言われて思わず口を押さえる。指摘されると一気に恥ずかしくなる。目も泳ぐ、心も泳ぐ。動揺。
「でも」
彼女の言葉にバタバタしていた心がぴたっと止まる。
「嫌いじゃないよ」
さっきのにやけ顔はどこへやら、ふふと柔らかく微笑む彼女。僕は気恥ずかしさを隠すように、マグカップの中身をぐいっと飲み干した。
「それに、電車が電車の図鑑を駆け抜けるって想像したらちょっとおもしろい」
本立ての間に並んだ本。彼女が選んだ絵本と僕が選んだ図鑑。鉄道や恐竜、星座、僕たちが好きなものの図鑑を並べている。
「電車、興味持つかな」
「どうだろうね」
少し膨らんだお腹をさすりながら彼女が笑う。
「来年の3月が楽しみだね」


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【あとがき】
丸窓ぽんて。作中に登場した本立ての名前です。赤い鉄橋こと千曲川橋梁は上田電鉄別所線の鉄道橋。しかし、2019年の台風19号(ハギビス)により崩落してしまい、全線運行が不可能な状態に。そんな千曲川橋梁の復旧を応援しようと作られたのが丸窓ぽんてです。想いを繋ぐ赤い橋。本立てを通して人々の想いを繋いでいます。上田電鉄別所線は2021年3月には全線開通予定。

※登場した本立てや赤い鉄橋は実在しますが、この物語はフィクションです。



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