見出し画像

003|広がる

1月20日(水)犀の角(稽古場)
平日の稽古は夜に行われる。寒い中、少し早歩きで稽古場に向かったからか、検温が上手くいかない。仕方がないので、手首で測ったら平熱だった。私が検温に悪戦苦闘している間に、役者さんたちはストレッチを始めた。力強くも凛としたトウコさんの声が稽古場に広がる。トウコさんとは、今回『貴婦人と泥棒』で貴婦人役を務める山﨑到子(やまざき とうこ)さんのことだ。私は以前、劇壇百羊箱の公演第一弾『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』で、彼女の芝居に圧倒されたのを覚えてる。ちなみにトウコさんは劇壇百羊箱、皆勤賞の役者さんだ。私は前回の公演『M夫人の回想』を見逃したのを後悔している。トウコさんの一人芝居だったのに…!

画像1

(山﨑到子さん/撮影:伊東昌恒さん)

手慣れた感じでストレッチのリーダーを務めるトウコさん。「手はペンギンさんのままで!」と独特ながらも体を動かすイメージが掴みやすい表現でストレッチを指揮する。ちょっと一緒にストレッチしたいかもなんて考えてる間に発声練習が始まった。突如、稽古場いっぱいに人間のものとは思えない声が広がった。役者さん一人ひとりの声が低く重なり、空気を震わせる。何とも表現のしようがないが、たくさんのお坊さんが一斉にお経を読む場面をイメージしてもらうと近い音が脳内再生されるはず。もはや、声というよりも音という物体だ。人間の声はこんなにも厚みをもって広がるのかとただひたすらに圧倒された。発声練習が終わり、休憩時間中のトウコさんに話しかけてみた。ストレッチから発声まで、教え方の手際の良さについて聞いてみた。「大学時代、40人くらいいるサークルでダンス部長をしてたからかな」と目を細めるトウコさん。教えるために、教わりに行き、自分なりに言語化して落とし込む。そういった経験が生きてるのだそう。

画像2

(左から田村美央さん、山﨑到子さん、若月彩音さん)

立ち稽古が始まった。今回は貴婦人と母、そして娘の3人のシーンだ。貴婦人役のトウコさん、母役の田村美央(たむら みお)さん、娘役の若月彩音(わかつき あやね)さんがそれぞれの役に命を吹き込んでいく。3人の芝居に魅入ってると「そこまで」と岸さんのストップがかかる。ふっと解ける緊張感。初めて見る立ち稽古に、私は「すごいな!」と素直に感心した。でも、演出の岸さんの表情は険しかった。役者さんたちに脚本の意図を説明し、動きを提案する岸さん。私は岸さんの言葉をすぐには理解できなかった。理解できたかもと思えたのは、3人が再び同じシーンを演じ始めてからだった。岸さんの言葉を受けて変化していく芝居。なるほど、これが演出と思わず唸る。おもしろい。ひとつのシーンを何度も繰り返す。コツコツと、コツコツと作り上げられていく芝居。これが公演まで繰り返されていくのだろう。そんなことを考えてるうちに、この日の稽古は終わりを迎えた。

画像3

(岸亜弓さん)

1月21日(木)犀の角(自習室)
木曜日の午後、犀の角は自習室となる。500円でフリードリンク、おかわり自由。そしてWi-Fiが使えるのでかなり重宝している。岸さんいるかなと思いながら犀の角へ向かう(岸さんは自習室の担当もしている)。岸さんにレポートのことを相談しつつ、手紙を書き上げよう。そんなことを考えながら扉を開けると、岸さんだけじゃなくて、茶色さんや寺下さんもいた。いそいそとストーブの近くのソファに座る。寺下さんがストーブに薪をくべる。その様子を横目に私は手紙を綴ろうと便箋を取り出す。『貴婦人と泥棒』の台本を読む寺下さん。パチパチと薪ストーブが心地よい音を響かせる。手紙を一通り書き終えた私はこそっと寺下さんを観察する。ふいに少し離れたところにいた岸さんと茶色さんが放った「アサヒが……」という言葉に、寺下さんがパッと顔を上げる。その様子が興味深くて、私は思い切って寺下さんに話しかけてみた。

「寺下ちゃん…さん?」

他の方が寺ちゃんと呼ぶのでつい呼んでしまったが、しっくり来ず「さん」を付け足してしまった。「好きなように呼んでください。寺ちゃんでも、寺さんでも」という寺下さん。それならと私は寺さんと呼ぶことにした。

画像4

(寺下雅二さん)

「さっき、アサヒが……って言葉に反応されてましたけど、思わず反応するくらい寺さんの中にアサヒがいるんですか?」と何となしに聞いてみた。“アサヒ”とは、『貴婦人と泥棒』で寺さんが演じる役だ。永峯さん演じる主人公・ユキの友人で同僚。「高校時代、演劇部では役名で呼ばれてたんですよ。だからつい…」と寺さん。ふむふむとメモを取ると、書き終えるのを待ってくれるのを感じた。

前日の稽古でトウコさんから「言語化できていないものはできない。だから、ぱぱっと(演技を)やってと言われると困る」と聞いたこと。またそれを受けて役者さんたちには、それぞれのロジックがあるのでは?と考えたことを寺さんに話してみる。すると寺さんは「役者なら誰しもロジックを持ってる。プロの役者はロジカルの塊」と教えてくれた。ロジカルの塊?と首を傾げたが、つまりは「ロジカルに演技を組み立てる」ということだろうか。寺さんの言葉を聞いて、好奇心という名の列車に燃料がくべられていくのを感じた。心の赴くまま寺さんにいくつか質問してみる。その中でも印象的だったのは「役と自分。生き方や育ち方は違っても必ず繋がる部分がある。それを探してる」という彼が大事にしてることの話だった。寺さんとアサヒが繋がる部分。それは一体どこだろう。私は稽古場に通いながら、自分の目で、耳で見つけてみたいと思った。そして、もしも見つけられたら寺さんに聞いてみよう。

画像5

稽古や、役者さんとの会話を通して、少しずつ何かが広がっていくのを感じる。広がっているのか、深く潜っているのか、あるいはその両方か。広がりはじめた作品を生き物のように感じた。そんな2日間。

【本日の一言】
「フィクションはノンフィクションに勝てない。だからこそ、ノンフィクションにどれだけ近づけるか」by 寺さん
(アサヒという役にどんなリアリティを持たせていくのか、そんな寺さんのお芝居が楽しみになった)


画像6

新作公演『貴婦人と泥棒』
【作・演出】岸亜弓
【出演】永峯克将|寺下雅二|若月彩音|田村美央|舞沢智子|石榑八真斗|山﨑到子
【会場】犀の角
【スケジュール】
2021年2月27日(土)14時/19時
2月28日(日)11時/16時
※各回開場は開演の30分前
【物語】
家事代行スタッフとして働きはじめたユキは、とある老婦人の家へと派遣されることになる。はじめは彼女の要求が理解できず苦労するユキであったが、次第に心を通わせていく。そんな中、友人であり同僚のアサヒから驚くべき事実が告げられるのであった――

新作公演『貴婦人と泥棒』について詳しくはこちらから


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?