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一般看護師が臨床心理系の大学院入試に挑戦した話

覚えていない方もいるかと思いますが、自己紹介にちょこっと院試に挑戦しようかと考え中的なことを書いた。

そして挑戦した。

覚書程度に少しずつまとめていこうと思う。

現役で院試チャレンジしなかった話

むかーしから大学院は行ってみたかった。

看護系大学を卒業したのだがもっともっと勉強したかった。

ただ、看護師国家試験に受かって地元での就職先も決まったら看護師として働けることにテンションが上がって進学の気持ちは消えた。

まずは看護師としての現場経験を積んでから、それでも進学したければ受験しようと考えることにした。

無理やり考えることにしたのだ。

私が大学に行っていた時代は看護系大学がまだまだ少ない時で、病院実習に行くと周りは看護専門学校の学生だらけだった。

また、当時は大卒より専門卒の方が就職してからの即戦力が高いと言われていた。(実際に実習に行った時に看護師さんたちに言われたしw)

なので、とにかく病院に就職して実践力を身に付けたい、まずはそれが1番にやるべきことだと考えていた。

だから進学しないことにした。

しかし、少しずつ時代は変わり、認定看護師や専門看護師の存在がメジャーになるとやはり大学院に行っておけばよかったかなと後悔もしたし、職場のロッカーに母校も大学院を開設し、がん看護専門看護師の養成を始めたと行った内容のポスターが貼られた時には心が揺らいだ。

結局お金も進学できる能力もなかったし、その時は卒後3年目くらいで何より仕事が楽しくなっていた。

結婚・出産・育児

卒後5年目くらいに結婚の話が出た。

今の夫は当時は東京の一部上場企業に努めるサラリーマンだったのでなんとなく流れ的に私が仕事を辞めて引っ越すことになった。

仕事を辞めるのはもったいなかったが、結婚のタイミングも次にいつ訪れるかは分からない。

地元岩手から東京に引っ越して、東京にある総合病院で仕事を始めた。

まもなく一人目を妊娠した。悪阻は半端なかった。

しかも両下肢深部静脈血栓症にもなってお世辞にもマタニティライフをエンジョイできたとは言えなかったが、無事に可愛い女の子を出産した。

娘が1歳になるまで育児休暇を取得して、育児時短勤務を取得しながら復職。

うちの職場では時短は3歳まで取れた。3歳になる直前に第二子を出産した。

正直狙った。いや、もう育児しながらフルタイムで働くとか不器用な私には難しい話だったし、フルタイムだと夜勤を組まれる可能性もあった。

二人目は男の子。まぁ乱暴だけど可愛い男子は、今これを書いている時点で2歳半である。

地元への引越しの話

東京に引っ越して数年の間に家庭内の事情は少しずつ変化した。

1番大きかったのは、夫が起業したこと。つまり現在は社長だ。とても小さい会社なのだが。

東京に本社をおき、岩手でも仕事をしている。支社というのかよう分からないが。

岩手での仕事が増えるに従って、岩手への出張が多くなってきた。

岩手での出張が増えるということは私がワンオペになる時間が増えるということでもあった。

それから私たち夫婦には、田舎で子育てをしたいねという漠然では有るが昔から考えていることがあった。

岩手育ちの私と、岩手ではないが地方出身の夫。

ちなみに夫は岩手の大学で知り合った。私より岩手が大好きな人間である。

引越しをするなら上の子が小学校に上がるタイミングしかないのでは!?という結論に至った。

岩手での就活。どのタイミングでしようかな。

進学の話再び

岩手で就職するのはいいけれど、娘が小学校に上がるし、息子も保育園が変わるし生活環境が変わる中でフルタイムでの勤務はいろいろと困難なんじゃないかと思い始めてきた。

正直いうと、働くなら総合病院で働きたい。でも総合病院で中途採用で非常勤はなかなか見つからない。

あれ、このタイミングで進学してみたらいいんじゃない?

冗談で夫に言った言葉、かなり本気に捉えられた。

そして私の院試への挑戦が始まったということになる。

看護学研究科じゃなくて社会福祉学研究科?

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