見出し画像

瞑色の三階。

久々に残業した。

育休復帰してからと言うもの、夫が早上がりの日や、仕事がよっぽど忙しい時以外は基本的に日がまだ明るいうちに息子を保育園に迎えに行っている。

でも、お昼休みも休憩時間も返上して頑張ってみたけれど、どーーーーーーーーーーうしても今日は早く上がれそうになかった。
夫に、「今日遅くなりそうだから代わりに迎えに行ける?」と連絡を入れると、「頑張って終わらすわ」と返ってきた。よろしく頼む。



今朝、朝礼が終わった直後、まだ入社して間もない営業の子がやってきて、突如困り切った顔で口を開いた。
「無理は承知だが、明日中に作って欲しい」と言いながら頼まれたのは、企画書と見積もり作成。
おいおいおいおい…(藤岡弘、)


明日はもうすでに終日外出予定が入っている。得意先を複数回るので、なんなら直行直帰だ。と、いうことは…?
今日中提出!?!?!?!?

ということで、今日手をつける予定だった業務のサポートを他の子達にお願いし、自分はメモ帳を持ってミーティングスペースへ。
営業から詳しく概要を聞き、アイデア出しをして各部署に予算感を出してもらい、それをテキストにざっとまとめた後、企画書ベースに落とし込んでいく。

15時。休憩を告げるチャイムが鳴っても、手は止められない。
向かいの同僚からもらった応援のカントリーマアムを口に放り込む。

16時。時短勤務の自分の定時まで後1時間。
上司に見積もりと企画書のたたきを確認してもらい、構成や図の見せ方に修正が入る。

17時。修正はまだまだ終わりそうにない。
スマホ画面に仕事が終わった夫からの「今日の晩ごはんは豚汁でええかの」というメッセージが浮かび上がる。わーい豚汁大好きー。

18時。多くの人たちにとっての定時だ。
待ち侘びていたかのように「おつかれさまですー」と言って、多くの人が帰っていく。帰る人の後ろ姿を見送るのは久しぶりだ。

30分後、まだ残っているのは、フロアに5〜6人ほどになった。
パソコンや人の熱気で温まっていたフロアの温度も下がりはじめ、残っている人たちの間で、謎の仲間意識が滲み出てくる。


定時を回った瞬間、イヤホンをつけだす若い女の子。
残業している若い子に「頑張ってね」と、ひっそりお菓子を渡しているベテラン。
上司たちは、何やら集まって今後のチーム編成や悩み事を小さな声で相談している。
いつもは少し怖い課長が、優しい声で「もうちょっとしたら帰るよー」と、電話越しの子どもに話しかけながらキーボードを叩いている。


これこれ。
残業の空気〜って感じ。

その人達も自分の仕事を終え、各々の家へと帰っていく。
フロアにも私ともう一人が残っているだけになった頃、お腹が切なげな音をたてたので三階の食堂にココアを買いに行った。
濃紺にも見える真っ暗な食堂の中、自動販売機だけが煌々と光っている。
窓の外を見ると、高速道路の橙色の光。

こんな時間に一人でココアを啜りながら、瞑色の空間に一人立っている。
独身時代はよくあったけれど、なかなか一人きりになることがない今の自分からしたらちょっとワクワクする時間だ。


ここ数年は、働いている中でどうしても定時が近づくと「今日の晩御飯は何にしようか」「早くお迎えに行かなきゃ」と、他のことが常に頭に浮かんでいた。


家のことは夫に任せ、時間を気にせずただただ目の前にある仕事に没頭する。
その時間が、「母」でも「妻」でもなく「私」に戻してくれる。

頼まれた企画書と見積もりをコピー機から印刷し、ミスがないことを十二分に確認してファイルに綴じていく。
営業のフロアに行くと、真っ暗だった。帰っとるんかい。まぁいいけど。
後は任せたと思いながら、依頼人の新人の机に資料の入った封筒を置き、フロアを施錠する。

フロアの施錠って毎回ドキドキする。少し間違ったらセコムが来ちゃうから。この感覚も久しぶり。


車にたどり着き、駐車場を抜けると、いつもは渋滞しているはずの会社前の道路がスカスカだ。ラッキー。暗い車内で、槇原敬之を口ずさみながら夫と息子の待つ家を目指す。

家の駐車場から見上げた寝室は真っ暗。音をたてないよう、ゆっくりと鍵を回して家に入る。
そっと寝室を覗くと、眠っている夫の腕の中でうっすら汗ばんだ息子がスースーと寝息をたてている。枕元には本の山。どうやら寝る前に大量に絵本を読んでもらったらしい。

リビングには、ラップがかけられたご飯と蒸し鶏と豚汁。
そして、チラシの裏面から「ビール 冷蔵庫で冷やしとるでよ。」と語りかける夫の文字。

うーん。ありがたいなぁ。
人の作ってくれたご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。


今日は久しぶりに思う存分仕事をすることができて、少し気晴らしになった。「仕事行きたくなーい」と毎朝言っている自分が、なんだかおかしい事を口走っているとも思うけれども、近年感じることのなかった爽快感だ。




まぁ毎日残業はイヤだし、早く帰れるに越したことはないけれど。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?