人材紹介業は、戦国時代からあった歴史ある日本古来の職業です。
番外編その3「40代未経験からの転職成功ストーリー」そして引退へ
私が、20年前に人材ビジネス業界に入った頃は、キャリアアップで転職するが方が少なく、一部の専門性のある技術職(電気電子系エンジニア、医師、MR,メーカーの研究者など)が中心でしたので、かなり特殊な業界でした。
日本ではリクルートが人材紹介の最大手で、他は社員人数30名以下の中小がほとんどでしたので、人材ビジネスと言っても、理解してくれる方がいませんでした。
その頃は、転職は専門誌やネット、ハローワークが主流で、リクルートメントコンサルタントがどのようなことをするのか認知されていませんでした。
わたしも、入社してから業務内容を理解しました。(え~、それはないでしょう?=>くわしくは、下記の転職素人の記事をご覧ください。)
入社してから、人材ビジネスやリクルートメントコンサルタントが、どこから来た職業か調べたことがあります。
米国や欧州由来の最先端の職業に違いないと予想していましたが、実は、
泥臭い日本古来の職業だったのです。
もちろん、海外でも同様に人材ビジネスは、ヨーロッパの国同士の戦争で発展していったのですが、同じ時期に日本でも、リクルートメントコンサルタントが「手配師」と呼ばれて、存在していたのです。
約550年前に、日本において、人材紹介のコンサルタントが発生したのです。
室町時代末期の応仁の乱が1467年ですから、約550年前に、人材紹介のコンサルタントが発生したのです。
そのころは、もちろん、コンサルタントではなく、「手配師」と呼ばれていたのです。
この「手配師」というあやしい呼び名が、日本的です。
結論からいいますと、戦国時代の築城や大規模工事、江戸時代の経済発展による地方からの出稼ぎの増加、参勤交代導入による一時的な奉公人の確保などが、「手配師」増加の追い風になったようです。
さらに、今の派遣業にちかい「口入れ屋」も登場しています。
下記がその職業の説明ですが、かなり類似しています。
江戸時代は宿も提供していますので、抱え込みで、労働者を独占していますので、おそらく劣悪な条件で勤務していたと予想されます。
ウィキペディアからの抜粋ですが、簡単な概要は下記になります。
明治中期には、公益職業紹介業が生まれ、大正初期には今のハローワークの前身の公益職業紹介所ができたのです。
さらに、1921年に職業紹介法、1925年には営利職業紹介事業取締規則が制定されたのです。
しかし、一方ではブラックな側面もあり、借金
の返済手段として、遠洋漁業の従事など人買い(人身売買)する手配師が存在していました。
また、歴史的な背景として日本による統治地域(海外)からの人の流入が継続的にあったため、仕事の斡旋を専業とする者がおり、現代でもアジア人の労働者が、技能実習生の名目で劣悪な環境での就労が発生しているのも事実です。
近年、社会人経験の浅いコンサルタントが、中小企業や設立間もない企業へ、やみくもに人材を紹介し、高い年収を得る事例が散見されるのは、悲しいことです。
しかし反面、優良な人材ビジネスをされている企業が多くなっており、企業の経営課題解決のために、いろいろな提案をし、取引先企業の発展に貢献している優秀なコンサルタントが続々と生まれています。
個人的に、戦国時代に生まれた人材ビジネスの将来に期待しています。
できれば、人材ビジネス業界から、真に日本経済や企業を発展させ、歴史に名前が残るスーパースターが出てくるのを期待しています。
企業への革新的な提案で、大躍進させたコンサルタントを見たいものです。
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