急成長タイミーの礎はいかにして作られたか。小川代表と振り返る「タイミー創業期」の物語
スキマバイトサービスのパイオニアとして、2018年8月のローンチ時から“新しい働き方の選択肢”を広げてきたタイミー。2024年4月末の時点で同社のサービスに登録しているワーカーの数は累計で約770万人、登録事業者の数も25万拠点を突破し、その数は現在も増え続けています。
東京証券取引所グロース市場への上場を経て、さらなる飛躍を見据えるタイミーですが、2017年の設立直後から順風満帆に進んできたかというと、決してそうではありません。実は代表取締役の小川嶺氏は最初に立ち上げたアパレル事業で挫折を経験し、翌年に事業転換を決断します。
次は自分が心からワクワクできる事業で挑戦したい──。そのような思いで試行錯誤しながら作り上げたのが「タイミー」だったのです。
なぜ再挑戦の場としてスキマバイトの領域を選んだのか。どのような取り組みが、タイミーの急成長につながったのか。今回は「タイミーの創業期」のストーリーに焦点を当て、小川さんに当時の考えを振り返っていただきます。
聞き手は最初の投資家として、サービスローンチ前からタイミーとともに歩んできたF Ventures代表パートナーの両角将太です。
1度目の失敗で感じた「経営者マーケットフィット」の重要性
─── 小川さんと初めてお会いしたのは、2018年の3月頃でした。まさに最初に立ち上げた事業のピボットを決め、タイミーのアイデアで再挑戦することを決断された時期だったかと思います。「スキマバイト」領域に着目したのは、どのような背景からだったのでしょうか。
アパレル事業「Recolle」を断念した後、特にこれといってやることもなかったので、アルバイト漬けの毎日を過ごしていました。いくつかの職場を経験し、今タイミーにも掲載されているような単発のバイトも実際にやってみたんです。
アルバイトをしていて感じたのは、働くまでの体験がまだまだレガシーな状態だということでした。働き手が求人に申し込み、説明会や面接を経て、ようやく働けるのかどうかが決まる。どちらかというと企業オリエンテッドな体験になっていると思ったんです。
当時は「人手不足」という言葉がニュースで本格的に取り上げられ始めたタイミングで、アルバイトにおいてもブラックバイトが問題視されるなど、働き方の議論が活発になっていました。これからさらに人手不足が深刻化していくと、業界のルールや構造が一気に変わっていく可能性があるのではないか。今後はもっと働き手ファーストで「働き手が、働きたいように働ける環境」を作っていくべきではないか。
そのような考えから、“働き方”の領域でチャレンジすることを決めました。
ただ、いわゆる「マーケットイン」的な思考で、最初から市場の動向や具体的なニーズありきで考えたわけではありません。あくまできっかけは、自分の原体験でした。
単発のアルバイトを繰り返す中で感じた「もっとこういうサービスがあったらいいのに」というアイデアを具体化するような形で、プロダクトの方向性や事業計画を磨いていったんです。
─── ご自身のnoteによると、最初にタイミーのアイデアを披露したのはエニグモ創業者の須田将啓さんとお会いした時だったそうですね。その時点では3つの事業アイデアをお話したとのことでしたが、タイミーに絞った決めては何だったのでしょう。
大きな決め手になったのは、自分が1番ワクワクしたことです。このサービスが広がった世界を想像した時、純粋に「すごく良い世界になる」と思いました。また須田さんを始め、当時お話をした投資家や経営者の方から「このアイデアはすごく面白いね」といっていただけたことも、自信になりました。
自分の話に興味を持ってもらえることが前提にはなりますが、学生起業家だったとしても、投資家の方々に相談することは無料でできます。
どのような事業であれば、実際に投資をしたいと思ってもらえるのか。複数のアイデアを用意して反応を確かめる中で、1番ポジティブなフィードバックを得られたのがタイミーでした。両角さんも当時前向きな反応を示してくれた1人でしたね。
─── 懐かしいですね。ちなみに「複数の人に話してフィードバックをもらう」ということは意識的にやっていたことなのですか。
そうですね。「アイデアを盗まれたくないからあまり人には話さない」という考えの人もいるかもしれませんが、僕はアイデア自体には価値がないと考えています。
目の前のアイデアに対して自分がどれだけ熱い思いを持てるのか、そのアイデアをいかに早く事業化して軌道に乗せることができるか。アイデア自体よりもそのようなことの方が重要なので、少しでも多くの人と会話をして、フィードバックを求めていたんです。
これはRecolle時代の経験も影響しています。自分たちはものすごく面白いサービスだと思って立ち上げたのですが、結果的に大きな反響を得ることもなく失敗に終わってしまった。その経験から、まずは本格的にプロダクトを作り始める前に、いろいろな人の反応を見てみるべきだと学んだのです。
─── 確かに小川さんと初めてお会いした時、1度目の失敗を糧にしつつ、タイミーについて熱量を持って話してくれたことが印象的でした。以前Recolleの経験を振り返って「経営者マーケットフィット」の重要性にも言及されていましたが、タイミーの場合はご自身がこの領域でチャレンジする意義や手応えのようなものを感じていたのでしょうか。
実際に日雇いのアルバイトを経験して、ユーザーの目線に立てていたことが大きかったと思います。1人のユーザーとして本気でこのサービスの可能性や意義を感じていましたし、少子高齢化や人手不足が進む今後の日本において、タイミーであれば効果的なソリューションの1つになりうるという感覚もありました。
タイミーこそが、自分の人生を賭けてやるようなテーマなのではないか。そんな考えが自分の中で腑に落ちたんです。これはRecolleの時とは決定的な違いでした。
少し脱線してしまいますが、かつての僕のように学生で起業を考えている人や事業アイデアの種を探している人には「選り好みをせずに、まずはいろいろな体験をしてみること」をおすすめしたいです。
僕自身、日雇いのアルバイトやボランティアなどを実際に経験したことで、タイミーにつながる気づきをいくつも得ることができました。
後発でも「十分に戦える」 タイミーの勝算
─── タイミーが参入する時点で、スキマバイトの領域には何社か先行する事業者が存在している状態でした。小川さんはどのような点に勝機を見出していたのでしょうか。
事業領域としては古くからの仕組みが残っているが故に、まだまだ変革の余地が残されていて、伸び代が大きいと考えていました。また先行企業を調べたり実際に各サービスを使ってみたりした中で、事業のフェーズ的にもユーザー体験的にも「抜けないことはない」と感じていたんです。
─── 小川さんの原体験からスタートしていることもあり、事業のアイデアを伺った際にも「ワーカー側の体験」について解像度が高い印象を受けました。一方で企業側の課題については、どのように理解を深めていったのでしょう。
基本的には求人媒体で新規の募集をしている企業などに飛び込み営業をして、経営者や現場の方にヒアリングをさせていただいていました。
例えば「長期ではなくその日だけ来てくれる人だったとしても、求める人物像に合った人が来てくれたら嬉しいか」といったことを聞いていくと、自分たちのアイデアに興味を持ってくださる人が多かったんです。
実際にサービスローンチの前に「自分の知人の学生が来るので、もしよかったら使ってみてください」と営業をしていたことがあったんですね。すると、すでにその段階から担当者の方々の食いつきが良かったので、間違いなくニーズはあるんだと感じていました。
─── ビジネスモデルの検証にあたっては、いきなりモバイルアプリを開発するのではなく、LINEアプリでミニマムに検証されていたことをよく覚えています。
最初からアプリケーションを作るのはお金も時間もかかります。でも完璧なアプリがなければビジネスモデルの効果検証ができないかというと、そうではありません。最低限の検証がクイックにできるという意味で、LINEアプリは適していました。
仕組み自体はかなりシンプルで、事業者側に「何日の何時から何時の間でバイトを探している」という投稿をしてもらい、スキマ時間で働きたい学生を集めて手動でマッチングするというものでした。
これもRecolleの反省点の1つですが、後から振り返ると、前回はMVPの検証を軽視してしまっていた部分があったと思ったんです。だからミニマムなもので、自分たちの方向性を検証することを大事にしていました。特にワーカー側からの反響が良く、必要性を改めて感じることができました。
「初月のマッチング数は約20件」「1カ月でUI変更」
─── そのような検証を経て急ピッチで開発を進め、2018年8月に待望のローンチを迎えましたね。
事前検証の際に知人を中心に学生のユーザーを集めていたこともあり、ローンチ時点ではすでに5000人ほどのワーカーが登録してくれていました。ローンチ後は複数のメディアにも取り上げていただき、そこからどんどん登録者が増えていったんです。
その一方で苦戦したのが事業者側です。知り合いの事業者さんに頼み込んで使っていただいたものの、スタート時点で正式に利用が決まっていたのは3店舗だけでした。ローンチ初月は1日に1件マッチングするかどうかという日々で、1カ月を通じても20件程度しかマッチングが発生しなかったんじゃないかと記憶しています。
もちろん、まずはタイミーのワーカーが働ける場所を増やさないことには、何も始まりません。ただ、最初のトラフィックだけが全てだとは思っていませんでした。
むしろN数が少なかったとしても、そのお客様にリピートして使ってもらえているのか。まずは特定のセグメントにおいて、ニーズに合った提供価値を出せているのか。初期の段階ではそういったポイントを重視しながら状況を分析していました。
しばらく試行錯誤を続ける中で、可能性を感じたのが飲食領域です。飲食店の方々はリピート率が高く、特に店舗が混み合う週末にはタイミーを積極的に活用いただいていたので、現場の課題を解決するためのソリューションとして明確に価値を提供できると感じました。
そこから飲食を注力領域と定め、数ヶ月で一気にトラフィックを作ったことが、最初のPMFにもつながったと思います。
─── 特に学生起業の場合、サービスの実績も乏しい中で事業者を口説いていくことは簡単なことではありませんよね。タイミーではどのように飲食領域で事業者を獲得していったのでしょうか。
具体的なアクションとしては、特別なことはしていないかもしれません。地道に飲食店にアプローチをしていって、困りごとを解決できる良いサービスを提供すること。もちろん僕自身も営業をしていました。
その積み重ねが他の飲食店さんを紹介いただいたり、飲食店のコミュニティとの接点が広がったりすることにもつながっていくんです。特に飲食の場合は大手チェーンに1社入るだけでも影響が大きく、業界内で一気に広がっていく可能性があります。
実は最初に飲食にフォーカスした理由の1つは、初代営業部長のメンバーが「飲食が好きだったから」なんです。スタートアップにとって初期のマーケット選定は非常に重要ですが、「創業者やメンバーがどれだけそのマーケットに本気で向き合えるか」次第で、普通ではなかなか開かないような扉でさえも開くことがある。Recolleの経験からも、そのように感じていました。
現在タイミーを利用いただいている事業者の属性としては「物流」がもっとも多いのですが、最初から物流に注力しておくべきだったかという、それはダウトだと思っています。
物流業界は営業組織がある程度整ってきて、営業の“型”のようなものが作れた状態の方が一気に広げやすい。特にエンタープライズ企業のお客様の場合は、その傾向が顕著に出ます。
一方で飲食は飛び込み営業でも導入につながる可能性がありますが、ハードルを突破するには担当者の強い想いが欠かせません。今振り返っても、初期の段階では熱量や直感を大切にしたことが良かったと思います。
ただ、熱量のみで闇雲にアプローチをしていたわけではありません。例えばタイミーでは複数人の飲食店経営者の方々に投資家として応援いただいています。これは飲食領域でネットワークを構築していくことを見据えて、キーパーソンとなる方を投資家として巻き込んだんです。
飲食領域を攻略するためには、何をするべきか。常にアンテナを張りめぐらせ、今できることをやり続けていました。会いたい人がいればFacebookなどのSNSで連絡をしてみる。キーパーソンにお会いした際に、他の経営者の方を紹介いただけないか相談をしてみる。
こうしたことをやりきっている人って、実は少ないと思うんです。営業にしてもプロダクト開発にしても、やれることを突き詰めて徹底的にやりきることで、道が開けていくと考えています。
─── 確かにやると決めた時の小川さんの行動量やスピードは凄まじいですよね。お話を聞いていて思い出したのが、実はローンチ1カ月でサービスのUIを大きく変えていること。あれはかなり思い切りましたね。
現在のタイミーでは事業者が求人を公開し、その仕事にワーカーが申し込むことでマッチングが発生する仕組みになっています。
一方で当時のタイミーは最初にワーカーが自身の空いている時間を投稿し、その枠に対して事業者側が「うちで働きませんか?」とオファーをする仕組みでした。
当初はワークシェアアプリという打ち出し方をしていたように、個人が空いている時間(=働ける時間)を手軽に売買できる体験を1つのウリにしようとしていたんです。でも、先ほども申し上げたとおり、この仕様ではなかなかマッチングが発生しませんでした。
思っていたほどワーカーさんの投稿が少なかったというのもありますし、そもそも時間が投稿されても、肝心の働く場所が増えていかないことには機能しないという状態でした。
要はワーカーに対して「空いている時間を投稿して欲しい」という発想は、自分たちのエゴだったわけです。タイムシェアやワークシェアのような世界観を実現したいという自分のエゴが強すぎた結果、ワーカーの方々が本当に求めているものとは異なる機能を作ってしまっていました。
そのことに早い段階で気づくことができたので、ローンチから約1カ月後にはすぐに軌道修正をして、UI/UXを変更する決定をしました。
─── わずか1カ月でドラスティックにサービスの設計を変えるというのがタイミーらしいエピソードだなと思います。
最初からできているに越したことはないですが、スタートアップってそういうものだとも思うんですよ。
よく言われることですが、スピード感がなければやっていけない。特に創業期は経営者自身がどこまでプロダクトやマーケットへの解像度を上げることができるか、ユーザーに対する想像力を働かせることができるかによって事業のスピード感に大きな違いが出てくると思うんです。
さらに「ユーザーの人たちを幸せにするためにこのプロダクトを作っているんだ」という考えが経営陣やチームの共通理解になると、物事がグッと進みやすくなります。社長のエゴで言っているわけではなく、ビジョンやミッションに基づいているという共通認識ができるからです。
その点については当時から今まで、変わらずに持続してこれたと思います。
初年度に3度の資金調達、シード期の資本政策を振り返る
─── 「スピード感」という観点では創業期の資金調達もかなりペースが早かったですよね。F Venturesからも出資させていただいた最初のラウンドが2018年の4月。そこから8月、12月と立て続けに新たなラウンドで調達をしています。小川さんは当時どのような考え方で資金調達を進めていたのでしょうか。
最初の資金調達では自分が知っている投資家の方を中心に複数名にご連絡をして、事業の相談をさせていただいていました。
先ほどもお話ししたように、事業アイデアに対して様々な方からフィードバックをいただきたいと考えていたからです。両角さんもちょうどそのタイミングでお会いした投資家の1人でした。
─── 浅草のスターバックスでお茶をしましたね。
1時間のアポイントだったのに、50分ほどは雑談をしたことを覚えています...(笑)。
僕が話しやすい雰囲気を作ってくれたんだと思いましたし、1度目の起業のことや僕のパーソナリティについても、丁寧に話を聞いてくださったことが印象的でした。結果的に事業の具体的な話は10分程度しかできなかったのですが、その中でマーケットの可能性だったり、自分が実現したいと思っているサービス像についてお伝えしました。
その場ですぐに「投資したい」という意向は頂いたものの、他の投資家候補の方々ともお話をしなければならなかったので、LINEで資料などのやりとりをした上で、数日後に正式に投資が決まったんですよね。両角さんは自身がGPということもあるとは思うのですが、意思決定がすごく早かったんです。
─── その場で、口座情報教えてくださいと聞いた記憶があります(笑)
だから最初の資金調達時は、具体的なファイナンスの話をした投資家って少ないんですよ。F Venturesを含む数社が1億円のバリュエーションで投資を決めてくださり、金融公庫からの融資も決まったため、必要だと考えていた資金を短期間で集めることができました。
その後、ジェネシア(ジェネシア・ベンチャーズ)さんから声をかけていただいて。バリュエーションが上がってもいいと言ってくださったので、4ヶ月後に3億円のバリュエーションで次の調達を実施しました。
間隔を空けて数ヶ月後や1年後にお願いをするという選択肢もあったかとは思いますが、当時はバリュエーションを上げながら、スピード感を持って事業を進めるべきだと感じていたので出資いただくことを決めたんです。それが結果的には開発にさらなる投資をして、事業の初速を早めることにもつながったと思います。
資金調達によって採用も加速できたのですが、当初の想定よりもアクセルを踏んでいたこともあり、2018年の終わり頃にはだんだんと資金にも余裕がなくなってきていました。当時のバーンレートは月に500万円程度。そこで覚悟を決めてもう一段階ギアを上げることを決めて、藤田ファンドなどから3億円の資金調達をしたという経緯になります。
─── これがわずか8、9カ月の間に起こった3つのラウンドなんですよね。かなり大胆な意思決定だったかと思いますが、もし当時に戻ったとしても同じ意思決定をしますか。
同じやり方をすると思いますね。今この領域でタイミーと同じようなスタートアップは1社も生まれていません。これはタイミーがスピード感を持って、ダイナミックに事業に取り組んでこれたことも1つの要因だと考えています。
タイミーのビジネスモデルを踏まえても、他社が追随できないくらいのスピードで事業を推進し、いち早く面を抑えることは競争戦略上で重要になるんです。
チーム作りにおける「メンバーのマーケットフィット」
─── 現在のタイミーは従業員が900人(2024年5月末時点・正社員のみ)を超える規模の組織へと成長し、様々なバックグラウンドを持ったプロフェッショナルが集まってきています。一方で創業時を振り返ると、小川さんを筆頭に、事業に思い入れのある若いメンバーが集結していた印象があります。初期の採用ではどのようなことを意識されていましたか。
おっしゃる通り、創業期のメンバーはビジョンやプロダクトへの共感度がかなり高かったと思います。金銭的に豊かな人もおらず、アルバイトの経験があり、なおかつお金をもらうことのありがたみや重要性を感じているメンバーが集まっていました。
当時のタイミーは「まだ完璧ではないプロダクト」を売っていたこともあり、経験以上に熱意が重要だと考えていました。
─── 冒頭で経営者マーケットフィットのお話がありましたが、そういった意味では「創業期のメンバーのマーケットフィット」も大事な論点なのかもしれませんね。
本当にその通りだと思います。繰り返しになりますが、メンバーがみんな同じ思いをもって事業と向き合えるか。そのようなチームを創業期に組成できるか。これ次第で事業の成長角度が一段二段、変わってくるように思うんです。
ただ意図的にそのような採用をしていたのかというと、タイミーの場合は学生起業で自分のネットワークが限定されていたため、他にやりようがなかったという面もあります。仮にものすごく経験豊富なスーパー営業マンが来てくれる可能性があったら、なんとかして採用したと思いますから...。
学生起業家や経験の少ない若い起業家であればあるほど、いきなり優秀な人を採用するのは難しいと思うんですよ。だからこそ僕たちの場合は「思い」を重視していた。学生の中から採用する際にも、とにかくクレバーな学生を探すというよりは、同じ思いを持ってくれる人を求めていました。
小川代表と「学生起業家の戦い方」を考える
─── F Venturesの投資先で事業をうまく推進している若い起業家は、同世代だけではなく年配の先輩方を巻き込むのが上手いと感じます。小川さんもまさにその点に秀でた起業家の1人だと思いますが、「学生起業家の戦い方」という観点では、何がポイントになるとお考えでしょうか。
まずは常に謙虚に、相手のことをリスペクトする姿勢が大前提になるかなと思います。相手のことを心からリスペクトするためには、そもそも相手のことを知る必要がありますよね。調べていれば自然と尊敬の気持ちが生まれますし、相手に対する興味も増します。だからお会いした際にも自然と会話が弾みますし、相手もそれで悪い気持ちはしないと思うんです。
ただ活躍されている方ほど忙しく、お話しできる時間は限られています。その中でいかに端的に自分たちが向き合っている社会課題や、開発しているソリューション、その根本にある想いなどについて伝えることができるか。何か聞かれても即座にお答えできるくらい、自分の事業について考え尽くしていることが大事だと思っています。
─── それは小川さんの中では意識的にやられているんですか。
いえ、無意識ですね。自分がやっていることを振り返って言語化してみると、そういうことなのかなと。
僕は学生時代から生徒会長をやっていましたし、立教大学でリーダーシップ論についても学んできました。起業をして一度失敗した経験もあります。これまでの経験から得られたものが積み重なって、今では自分にとって当たり前のことになっている部分はあるかもしれません。
ただ、得意・不得意や向き不向きはあると思うのですが、誰しもが社長を目指す必要はないですよね。
事業領域などにもよるかもしれませんが、経営者としてスタートアップを率いていくためには、いろいろなステークホルダーとコミュニケーションを取りながら、仲間を巻き込んでいく能力がある程度は求められると思います。
もしそれが得意ではないけれど起業をしたいというのであれば、その能力に秀でた人と組んで、お互いの長所を活かせるような形でチャレンジするのが良いのではないでしょうか。
─── おっしゃる通りですね。もう1つ別の観点ですが、若い起業家の方々を見ていると「起業家のコミュニティ」から良い刺激を受けて、切磋琢磨できる関係性がある人は成長速度が早いようにも感じるんです。小川さんはあまり群れるタイプではないとは思いますが、コミュニティについてはどう考えていますか。
そうですね。確かに同世代と群れることは避けていて、むしろチャンスがあれば先輩起業家の方に時間をいただいて、知見を伺うようにしたいという方針でやってきました。ただ、同世代の起業家の存在を認知はしていますし、気にしてもいます。
例えば今の時代、資金調達や大きな取り組みのリリースはSNSでどんどん流れてきますよね。少し上の世代にはなりますが、僕自身はdely代表取締役の堀江裕介さんやBASE代表取締役CEOの鶴岡裕太さんをものすごく意識していました。彼らが大きなファイナンスをすると、自分も負けてられないという気持ちになるんです。
会社の経営は非常に孤独なスポーツであると同時に、マラソンのような長距離のレースでもあると言われますよね。その中で、自分の気持ちに着火させるようなスイッチを作ることは、とても大事だと思います。自分自身の経験を踏まえても、起業家コミュニティの存在がそのスイッチになることはありました。
先を進む先輩経営者の方々の存在もそうですし、ライバルとして高めあうような同世代の起業家もそうです。別に毎週のように飲みにいく必要があるとは思いません。半年に一度くらい、数人程度の小規模なコミュニティで集まって、お互いの状況や直面している課題を本音で共有しあう。僕にとっては、そのような関係性くらいがちょうど良いと思っています。
コミュニティという話からは少し逸れますが、今スキマバイトの市場はすごく盛り上がってきているんです。直近でメルカリが参入し、今秋にはリクルートが新たにサービスを提供することを発表しています。
タイミーとしても、当然ながら負けるわけにはいけないと思っています。ユーザーの方々に本当に喜んでもらえるものを作り、会社としてもさらなる高みを目指していく。その上で気持ちを高めてくれる存在、自分たちの心に着火してくれる存在は必要ですよね。
創業期には起業家自身が現場に行くことが重要
─── 今回改めて小川さんと一緒にタイミーの創業期を振り返ってみて、懐かしい気持ちと同時に、さまざまな学びがありました。小川さんも若い起業家の方々からアドバイスを求められる機会が増えてきていると思いますが、ご自身の創業期を振り返ってみていかがでしたか。
「リーンにやること」の重要性を改めて感じました。マーケットの解像度が低い状態にも関わらず、プロダクトをこだわって作りすぎてしまうと、Recolleの時の自分のようになってしまいかねません。解像度を高めることなく、机の上でパソコンをいじっていても何も始まらない。創業期には起業家が自ら現場に行くことが重要だと思います。
現場で誰が何に困っているのか。自分たちが考えているサービスを求めているのは、どんな人たちなのか。どの人に対して、どれくらい深い価値を出せるのか。
ユーザーの声を聴きながら一つひとつ検証していくことが、一見遠回りに見えても、その後の大きな事業成長につながっていくのではないでしょうか。
─── タイミーではRecolle時代の教訓も活かしながら事業を作ってこられたと思います。失敗してもその都度、高速で改善してきた印象がありますが、あえて創業期のタイミーにおける失敗談を挙げていただくとすると、どんなことが思い浮かびますか。
おっしゃる通りなので、そこまで大きな遠回りはしてこなかったとは思います。もちろん細かい失敗はいくつもあります。例えばエリア戦略であれば、初期からエリアを広げすぎました。都内全域を対象にやっていたのですが、それだと営業があまりに追いつかないということで、渋谷区に絞ることにしたのです。
アプリの初期のUI・UXもそうです。アップデートをするにあたって1カ月ほど、余計な手間が発生してしまいました。その期間、プロダクトを進化させることがほとんどできなかったんです。これは初期のスタートアップにおいては、かなりのタイムロスですよね。
スピードを重視した結果、後々システム面において「負債」となるようなものが残ってしまった側面もありました。
もし次にやるのであれば、こういった反省点を意識しながら事業を作ると思います。もう一度起業をして同じような経験をしたいかというと、絶対にしたくはありませんが...(笑)
ただ、いくつも失敗をする中で貴重な学びを得られたことや、失敗に怯むことなく柔軟に最適解を見つけようとするカルチャーが育まれたことは、現在のタイミーの強みにもなっていると思います。
─── 最後にかつての小川さんのように、若い起業家の方や起業家予備軍の方々にメッセージをお願いします。
僕は今年で27歳になりましたが、同世代や自分よりもさらに若い起業家の中から、日本を元気にするような人がどんどん増えていくと嬉しいなと思います。もちろんタイミーもこれからも大きなチャレンジを続けていきますが、今回のタイミーの上場をきっかけに、起業やスタートアップに関心を持って、挑戦する人が増えてくれることを祈っています。
学生であっても、特別なスキルや専門性がなくても、事業に対する思いがあって、それが世の中の方向と合致すれば、大きなビジネスを実現できるチャンスはあるはずです。何事にも負けない心を持ちながら、学生起業家であれば学生起業家らしく、愚直に突き進んでいただきたいです。
編集後記(両角)
お読みいただき、ありがとうございました。上場当日、私自身も東証のセレモニーに参加させて頂いた際、タイミーの創業期から振り返り、上手くいったことも多い一方で苦しいことも沢山あったな、と懐かしさと共に感慨深い気持ちになりました。
この記事を書くことになった発端としては、上場することがもちろん一番のきっかけですが、改めて創業期の起業劇に注目することで、これから起業する人たち、また起業済みの若い世代にとって参考になる発信をしたい、と考えたことでした。
上場した際の目論見書や結果がフォーカスされがちですが、改めて初期を振り返り、初心に還るようなインタビューにしてみました。創業期の壁に直面した際などは、改めて読み返してみていただけると嬉しいです。
(構成:大崎真澄|写真:小田 駿一)
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