読書の日記(10/25-31)
蔵前、二度目の内見/25日は支払いの日/補助金の不備/『一九八四年』、『寡頭制集産主義の理論と実践』/法人化を急ピッチで/夜中のなか卯/誕生日にはショコラテリーヌを/テリーヌを潰す/肉じゃがを食べながら『東京の生活史』/4人、居酒屋、生ビール/張り詰め、ジエン社、『物の所有を学ぶ庭』の記憶/シームレスなメモアプリ/たぬきを追う/『経営者の条件』、ピーター・ドラッカーとベン・ギャザラ/規範と逸脱、ペンの使用について/京王線の事件、電車に乗っていた可能性
10月25日(月)
7時57分に起きてゴミ出しは8時までだ!
この8時は8時とはいえ収集車が巡回するのにはもちろん時間が掛かるわけだから、少し過ぎたところで問題ないだろう、それこそ前の家だったら9時でも10時でもゴミの山があったり、家のゴミ置き場になくても遅くまでゴミの山が残っているところは知っていたからそこまで行けば捨てられた。だけど今の家の8時はわりと8時で8時数分過ぎに出たら収集車の後ろ姿を見たことがあってそれで思い出すのが宮沢りえだったろうか、違ったかもしれない、なんの映画だったろうか、ほとんどのことを忘れているから思い出しているとも言えないような思い出し方だけれどもゴミ収集車を追いかけて走り出してそのまま町から消えていく、どこかに飛んでいくそういう映画の一場面というか最後の場面とかだろうかそのぼんやりとした様子で、水野美紀だったかもしれない、宮沢りえだとしたら吉田大八の『紙の月』だがあれは国外に行ったような気がする。エプロン姿でそのまま外国に行くわけがないとは言い切れないが違う映画だった感触がある。とにかく今日はゴミ出しに成功して午後に一袋、エントランスのところに張り紙付きで戻されていて中にCDのケースとかが入っているけれどこれは不燃だから受け取らないよというそういうものだった、戻されたゴミを見るといつも「うちなんじゃないか?」とギクッとする。
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