見出し画像

「雨の日は振り返るな」:1

■ 前書き

 サムネイルはみんなのフォトギャラリーより、もとき様の写真をお借りしました。

 カクヨム「5分で読書」短編小説コンテストにて、「通学路、振り返るとそこにいる(ホラー)」というカテゴリーへの応募ですので、一応ホラーということになっております。
 怖くはないです。

 全文を一気に掲載すると非常に読み難かったので、分割しております。

カクヨムでの掲載は「雨の日は振り返るな」にてご覧頂けます。

■ 本文

   1

 雲一つない空を見ていると、この町に引っ越してきた日のことを思い出す。
「どうした?」
 空を見てぼうっとしていたヒロヤにクラスメイトが不思議そうに声かけた。
「なんでもない」
 ヒロヤが素っ気なく返答すると、クラスメイトは興味を失ったのか、また黙る。
 そのまま二人は特に喋るでもなく、淡々と歩いていった。そして、分岐に差し掛かったところで、お義理のように手を振って別れる。
 この町に引っ越してきて二カ月ほど経ったが、ヒロヤは同級生と親しくなれていない。彼が人付き合いの得意な方ではない、というも理由のひとつだろう。しかし、それを差し引いてもクラスメイトとヒロヤの間には、なにか決定的に相容れないものがあるのだ。
 その決定的な差をヒロヤは未だに理解できない。
 酷い差別を受けている、という感覚ではない。むしろ、あちら側もヒロヤをどう扱っていいのか戸惑っているような、そんな雰囲気なのだ。
 かといって、ヒロヤを除け者にするわけでもない。困っていれば手を貸してくれるし、今日も帰り道はクラスメイトと一緒に下校した。
 見張られているのだろうか。
 ヒロヤは、ぼんやりとそう思った。
 ランドセルを背負い直し、彼は静かな道を歩いていく。
 土曜日の昼下がりだというのに、誰も歩いていない。もしかしたら食卓を囲んでいるのかもしれない。だから世界中から人間が消えてしまったかのように、静かで物寂しいのだろう。
 家に着くまでのほんの少しの間、一人きりで歩く通学路。
 自分しかいない世界を空想しながら歩いていたヒロヤは、ふと足を止めた。
 ぱちぱちと目を瞬き、辺りを見回す。
 彼には微かな水の流れが聞こえていた。それなのにどこにも水源は見当たらない。気になって側溝を覗き込んだが、からからに乾いていた。そういえば最近は雨が降っていないとヒロヤは思い出す。
 耳を澄ましたまま慎重に家路を辿る。
 次第に水が流れる音は遠ざかり、家に着くころには聞こえなくなった。
 家では両親と祖母がヒロヤの帰ってくるのを待っていた。四人揃って食卓を囲み、他愛のない話をする。食事が終わると、ヒロヤはすぐに祖母の部屋へ行く。
 祖母の部屋は彼がこの家で一番気に入っている場所であった。
 ベッドと小さな鏡台、それにこれまた小さな本棚。何もかもが小作りな祖母の部屋は、縁側に面しており、奥庭に面した静かな場所だ。
 ヒロヤが引っ越しを嫌がらなかった理由は祖母との同居が大きい。環境が変わることへの不安はあったが、物静かな祖母と一緒に暮らせることの方が魅力的だった。
 普段は陽当たりの良い場所に陣取り、マンガを読むのだが、今日は違う。
「ねえ、おばあちゃん」
「どうしたの」
 ベッドに腰を下ろし、編み物をしようとしていた祖母は視線を彼に向けた。その隣に座りヒロヤは帰り道での出来事を説明する。
 すると、祖母は普段と変わらぬ穏やかな口ぶりで言った。
「あそこには川があるからねぇ」
「川なんてないよ」
「目には見えない場所に流れているから」
「なに、それ?」
「地面の下」
 祖母は静かな眼差しをヒロヤから裏庭へと移動させる。
 奥庭は祖母が整えているため、雑草の類は生えていない。少し物寂しい気もするが、余計なものがない裏庭は祖母らしいとヒロヤは思う。
「そこの塀の向こうにも、前は小さな川があったのよ」
「うそだぁ」
「本当」
 にこりと祖母が笑う。
 それから祖母は、この町にはあちこち人工の流れがあり、水道が当たり前に使える以前には生活の要だったことをヒロヤに話してくれた。それは掘割というもので、大きな流れには船が行き交っていたのだと。
「うちにも船があったの?」
「うちにはなかったよ。○○の所らへんにはたぁくさんいたけどねぇ」
 市中心部の地名を挙げ、祖母は懐かしむように目を細める。
 ヒロヤはそんな祖母の郷愁よりも、テレビで見たベネツィアの如き姿を、かつてこの町がしていたのだと、そのことに興奮していた。
 でも、どうしてなくなってしまったのだろう。
 今のこの町には護岸工事を成された貧相な川があるばかりだ。祖母が言うようなロマンチックなものは見当たらない。
「どうしてなくなっちゃったの? すごいのに」
「そりゃあ、自動車の方が楽だからねぇ。水道もできたし、お台所で水が使えるのが当たり前になったから」
 祖母はからからと笑う。
 ヒロヤは素っ気ないアスファルトやコンクリートの下にある川の流れを想像する。地表からは見えないその流れは、どうしてか彼にクラスメイト達を想起させた。

:2へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?