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「雨の日は振り返るな」:2
■ 前書き
サムネイルはみんなのフォトギャラリーより、ted_ozawa様の写真をお借りしました。
カクヨム「5分で読書」短編小説コンテストにて、「通学路、振り返るとそこにいる(ホラー)」というカテゴリーへの応募ですので、一応ホラーということになっております。
怖くはないです。
全文を一気に掲載すると非常に読み難かったので、分割しております。
カクヨムでの掲載は「雨の日は振り返るな」にてご覧頂けます。
■ 本文
2
少し肌寒い。
ヒロヤは傘の下で腕をさすった。
雨が多い季節になり、湿度と共に気温も上がるはずだが、屋外で風に吹かれると冷たく感じる。
大人達が今年は冷夏だと噂していた。
プールの授業が始まる前に雨が少なくなってほしいものだ。ヒロヤは溜息つき、足元を見ながら歩きだした。
長雨で通学路には幾筋も水の流れが生まれ、側溝へと吸い込まれていく。行きつく先は川だ。いつもは貧弱な水量の川が勢いを増していた。
重なり合う水音が傘の下で奇妙に響く。
ぱしゃん。
水溜りを派手に鳴らす。ヒロヤの傘で区切られた狭い世界から、一瞬だけそれ以外の音が消えた。
――ぱしゃん。
ぎくりとヒロヤは身を固くした。
背後から、彼がしたように水たまりを踏みつけた音が飛び込んできたからだ。たったそれだけのことなのに、ヒロヤは怖くなって背後を振り返ることができない。
続く足音がないのだ。水溜まりを踏みつけた誰かは次の一歩を踏み出すことなく、じっと彼の背中を見つめている。そう考えただけでヒロヤは動けなくなってしまった。
さっさと立ち去ってしまいたいのに、歩き出したらあっという間に追いつかれて……。そんな想像で頭がいっぱいになってしまう。
ぱちゃ……。
けれど、ヒロヤを縫い留める想像も真後ろで水音がした時に弾けてしまった。
一目散にヒロヤは駆け出す。傘を盾のように構え、足元の水を蹴立てて学校を目指してひた走る。
もう自分の足音なのか、それとも追いかけてくる何者かの足音なのか、判別がつかなかった。耳の奥まで水音でいっぱいになり、ぴとぴと、ぱしゃぱしゃとそれしか聞こえない。
そんなふうに脇目もふらず走り続けていたヒロヤの足がもつれた。一瞬体が宙に浮き、盛大に濡れた地面に倒れ込む。
「うわっ」
声を上げたのはヒロヤではなかった。息を切らした彼が見たのはクラスメイトの顔だ。それも一人ではない。五人ほどが、わらわらとヒロヤを取り囲む。
「大丈夫か」
その中の一人が神妙な顔つきで手を差し出す。他の一人がヒロヤの上に傘をさしかけてくれた。
のろのろとずぶ濡れになったヒロヤは立ち上がる。
全力で走って体が疲れていたが、それ以上に心が疲弊していた。そのせいか転んだところをクラスメイトに見られたのに、恥ずかしさはあまり感じない。
「ほら、傘」
転んだ拍子に手放した傘を渡され、ヒロヤは億劫に思いながらも差す。
乱れていた呼吸が落ち着くにつれ、濡れた服が体に張り付く感触が気になりだした。感触が気持ち悪い。なによりも冷たくて気分が悪くなりそうだ。
朝から憂鬱な気持ちになったしまった。ヒロヤは鬱々とした溜息を吐き、歩き出す。
学校についたら体操服に着替えよう。そうすれば多少はマシなはず。そんなことを考えていたヒロヤは、クラスメイト達が動こうとしないことに遅まきながら気づいた。
「なにしてるの?」
クラスメイト達は顔を見合わせ、視線を交わし合うだけで何も言わない。
明らかに彼らはヒロヤに対して、事情を説明するべきか迷っている。それはヒロヤが余所者であると物語る態度だった。
ヒロヤとクラスメイト達はお互いに戸惑い、困惑している。
どぎまぎした空気が流れだした。
誰もが動けず、雨だけが視界の中で落ち続ける。
「なぁにやってんの」
ぎょっとした顔で、その場にいた全員が声のした方を向いた。視線を一斉に向けられたのは学年が上の女子で、一瞬怯んだものの負けん気を覗かせ、ヒロヤ達を睥睨する。
「別に」
そう言ってヒロヤに手を貸してくれたクラスメイトがそっぽを向いた。
つかつかとその女子はそっぽを向いたクラスメイトの傍までやってくると、周囲を見回した。そして、なにやら納得した顔でクラスメイトの顔を指さす。
「ケンちゃんって、ほんと分かりやすいよね」
「なにがだよ」
ケンちゃんは女子に噛みつきそうな顔で言う。
「あんたさ、なんか隠したとき絶対そっち見ないもん」
ヒロヤはケンちゃんが顔を背けた方を見た。そこには門扉を隔て半壊した家屋と、ヒロヤの背丈の半分ほどもある草が伸び放題の前庭がある。大きな冷蔵庫がぽつんと前庭に捨てられていた。
「あんなとこ入ったら危ないわよ」
女子はそれだけ言うと彼らに背を向けてしまう。
ヒロヤ達もそれを皮切りにぞろぞろと学校へ向かって歩き出した。
ひそひそと言葉が交わされる。
「どうする」
「知らないなら」
「女子も知らないし」
「雨だから」
「あいつも……」
「あんきょ」
会話の切れ端がヒロヤの耳に入り込んでくる。
そこにある不穏な気配が雨音のように体に染み込んできた。
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