君を道づれ
「すいません、お断りします」
にこやかに、けれどすらりとその言葉は彼女の口から出てきた。
終始笑顔を絶やさず人当たりのいい印象の彼女だったが、その台詞はごくごく自然に発せられていた。
「そうですか…」
当然、僕はひるんだ。
きっと誘いに乗ってくれると、いや楽々OKだと買いかぶっていたのだ。
「ずいぶんはっきり断るんですね。」
あっさりと袖にされたことと自分の思い上がりに失笑しつつ、思わずそんな風に会話を続けた。
こんなかっこ悪いこと、いつぶりに言ってしまっただろうか。
「すみません」
彼女は苦笑してくれた。
髪を耳にかけながら、その仕草は少し照れたようでやはり多少は僕を受け入れてくれているような気がするのに…
「あの、昔知り合いに言われたんです。断るときにははっきり断れって。どうせ断るのに、ぐだぐだ遠回しに言っても仕方ないって。」
そのときの彼女は僕から視線を外していて、僕は不意にわかった。
この隙だらけの女の子にそんなことを言ったのは彼女の恋人だったんじゃないかと。
「そうだったんですか」
『知り合い』と言うからにはもうその相手は恋人ではないのだろうに。
それでも律儀に言われたことを守っているのは、どういう理由なのか。
「でも、どうして断るんです?はっきり断る理由はわかったけど、断らないっていう選択肢もあるじゃないですか。せっかく出会ったのに。旅は道づれっていうじゃないですか。」
え?と彼女は顔を上げた。
もとより僕についてくるなんて、そんな考えはなかったらしい。
彼女の無意識の前提の中にも、昔の男の影が見え隠れしているんじゃないかと僕は深読みした。
「一期一会ですよ、少しの間だけでも」
彼女は戸惑った顔をしていたが、僕はやんわりと背中を押して歩き出した。
いつまでも、元恋人にしばられているなんて生産的じゃないだろ。
そんなことを心の中でつぶやいて自分を正当化していたのかもしれない。
僕はなぜか彼女にこっちを向いてほしいと半ば意地になっていたのだ。