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レモン味のキスを



「キスができないの」

席に着くなり、ナナコは呟いた。


「口内炎が治らないから」

僕は、黙っていた。
まだ続きがあるかもしれないから。
彼女の言葉は待たなければなかなか出てこない。

「好きな人ができても、キスができないから困るなって…」


彼女から別れを告げられて、まだ1週間。
そんなセリフも、彼女をよく知る僕には見栄っ張りにしか聞こえない。
ストレートの髪を垂らして、顔の横にカーテンを作ったまま、
彼女は手元のアイスコーヒーのストローをくるくる回し続ける。


「レモンは食べたの?」

そう聞くと、ピタッとその手を止める。
なんて分かりやすいんだろう。


「…やっぱり、あの日、作っていってくれたんだ、ハニーレモン」


また、回し始める。くるくる。


「そうだよ、絶対にできると思ったよ、口内炎。食べなかったの?」

「食べたよ」

彼女は怒ったように答える。

「食べたけど、治らないの」

くるくるくるくる。
もうアイスコーヒーは完全にミルクと混ざり合ってしまった。


「君がいないから、口内炎が全然治らないの」


ナナコの白い肌。
レモン色のワンピースがよく似合うだろう。
ナナコは、すっぱくて苦くて、だけど、眩しくて、水々しい。


「ナナコ、その口内炎、治してあげようか?」

「早く治して」


細いアゴを持ち上げると、僕は彼女にキスをした。
口の中の傷が痛まないように、そっと。
真面目すぎるナナコには、苦くて甘い、優しくて苦しい、僕のキス。


みるみる涙を溜める彼女を、僕はもっと甘やかしたい。



最初に『ハニーレモン』と呼んだのは僕のおふざけ。
ただの「はちみつレモン」じゃなくて、かわいいナナコのための特別な『ハニーレモン』。

ナナコはそのまま、ずっと『ハニーレモン』と呼んでいる。
ちっとも気づかないけど、気づかないままでいい。



僕は今日も、レモンにたっぷりのハチミツを注ぐだろう。苦味が消えてしまうまで。

ただ、ナナコのためだけに。




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