ベランダのパパ


パパはいつもタバコ臭い。
首の後ろが破れたシャツをいつまでも着ているし、嫌になる。

「あんたが生まれた時は、タバコやめてたのよ」
ママは洗濯物をたたみながら言った。

パパから愛されている、と言われてもいまいちピンともカンともこない。
パパはいつも細く垂れ下がった目でわたしのことを見ている。
「お前は宝物だよ」なんて言われたら、家を飛び出してしまいそう。

だけど、ベランダでタバコを吸う時だけは、パパは別の顔をする。
お月様を見上げて、ふぅーっと息を吐く。

知らない人みたいな横顔。

わたしは昔から、窓辺にそっと近寄っていって、ガラス越しにゆらりと立ち上るタバコの煙を見るのが好き。
ゆらゆら、ゆらり。
その煙を見ているとママの子守唄を聞くより眠たくなる。
ゆらゆら、不思議に揺れる煙。
遠いどこかを眺める横顔は、お伽話の世界の中へ。
ベランダのパパは、知らない人みたいでドキリとする。

そうして、いっときするとパパはこっちに帰ってくる。
すでにベッドの中でタヌキ寝入りをしているわたしの髪を撫で、優しい声で「おやすみ」と言う。

わたしはそのまま夢の世界へ落ちていって、ずっと若くてパリッとした白いシャツを着たパパに会う。
あれはきっと、わたしのパパになる前のパパね。

そんな夢を見た翌朝、あの細くてタレた目のパパがリビングにいるのを見ると、それはとても不思議なことで、ちょっとした奇跡みたいに感じるの。

よかった、パパは今日もわたしのパパでいてくれるみたい。



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