苦いレモンも、愛してる
ナナコは、いわゆる不器用なヤツだった。
手先の話ではなく、性格の話だ。
もっと気を抜いて考えればいいことを、真正面から真面目にやるから、すぐに疲れてノックアウトされる。
頑固で、中途半端が納得できない。
どうしようもなく、不自由な性分だ。
だけど僕には、そんなナナコが可愛らしく映った。
ナナコは、不器用で、バカ真面目で、愛情深かった。
彼女はときどき「私もそれぐらい適当になれたらいいのに」と呟いたけど、
僕は、彼女の愚直さが宝石みたいに思えた。
彼女のような人間は、僕のような人間になりたがり、
僕のような人間は、彼女のような人間に憧れるのかもしれない。
「別れたい」
だから、そう言ったのも、彼女なりの考えがあってのことだろう。
思い詰めた身体は熱を帯び、眉間のシワは深くなるばかりだった。
あーぁ、そんなになるまで考えて、また口内炎を3つも5つも同時に作るんじゃないだろうか。
ナナコは思い悩むとすぐに身体に異変がでる。
「別れたいの」
もう一度言った彼女は、まるでまだハチミツの染み込んでいない苦いレモンの皮を噛んでしまった時のように渋い顔をした。
こうなるともう、ナナコは手がつけられない。
彼女の愛すべき頑固さは、時に急に僕に牙を剥く。
僕とナナコは別れることになった。
レモンを輪切りにすると、爽やかな香りが台所に広がった。
僕は、一切れずつ瓶に詰める。
ハチミツをたっぷり注いで、フタをする。
口内炎には、これがよく効く。
冷蔵庫の奥、小さなメッセージを残して、僕は部屋を去る。
甘く、甘く、ハチミツに漬け込んだレモンが冷えている。
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