見出し画像

傷口に幸せを


「ねぇ、見せて」

彼女に左手を引っ張られる。

「うわぁ、だいぶん治ってきたね!」

ほうほう、と頷きながら、興味深げに僕の人差し指を見つめている。というより、観察している。
一昨日、料理中にうっかり左手を包丁で切ってしまってから、彼女は毎日傷の具合を見たがって寄ってくる。

「まぁね」

僕は答えると、彼女はやっと繋がった傷の切れ目をこわごわと指でなぞった。

「すごいや……」

そんなに物珍しいものでもないと思うんだけど、いたく感心しているようだ。

「なんだか、生き物みたいね。毎日成長してる」

ふふ、と笑って、もう一度傷口を優しくなぞっる。
それから僕の手をまるで自分のもののようにグイッと引き寄せて、何をするのかと思えば、口元に押し当てた。

「早くよくなりますよーに」

自分でやっておいて、目が合うと少し照れたように笑う。
こんな風だから僕の生活は幸せな記憶が散りばめられていく。


塞がっていく傷口。
やっと指を曲げても傷口が開かなくなったので、日々の中で不意に小さく鋭い痛みに襲われることはなくなった。
それになんだか、健気に回復していくこの傷が僕も愛おしくなってしまった。


「いってらっしゃい」

玄関で僕を見送る彼女。
その頭に軽く触れて、家を出る。
今朝、思わず目に入った傷口に唇を当てたことは秘密で。


『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?