ミューズは突然、現れる
道沿いの花壇は、誰も手入れをしていないようだった。
夏の日差しを浴びて雑草が伸び、その合間にもともと植えられていたであろうピンクやオレンジの花が顔を覗かせている。
野生みと彩りが相まってそれはもう芸術作品のようだった。
そんな花壇に、一人の男が腰掛け、タバコをふかしている。
頭には白いタオル、しっかりと焼けた肌、この照りつける日差しに屈しない大きな体。
Tシャツとつなぎという出で立ちで、近くの工事現場の作業員のようだった。
マキノは思わず、カメラを構えた。
いくら自分だって肖像権の問題があることは分かっているが、どうしてもどうしても、この瞬間を残したい。
それほどに、灼熱の日差しと花壇と男のエネルギーは絡み合って、一枚の絵になっていた。
カシャッ
シャッター音で男が振り向く。
あぁ、もう一枚撮りたかったのに。
それでもマキノは胸が熱くなった。
手持ちのカメラの中には、ちゃんとあの瞬間が焼き付いている。
「あの!」
男の元へ駆け寄った。
「すみません!思わず写真を撮ってしまって……この写真、消したくないんですが、持っておいちゃダメですか!?」
グイッと画面を目の前に突きつけられて、男は唖然としてマキノを見上げている。
すごくよく撮れたんです、ともう一度モニターを指し示すとようやく目を下に落とす。
「はぁ、まぁ、別に……」
男はマキノの勢いに押され気味だ。
「構わんけど、こんな何でもないオッサンと花って……でもなんか、確かにいい写真やね」
フッと笑うと目が細まり、急に人懐っこさがでる。
やっぱりプロの人が撮ると、こんなんでもよく写るんやな、としげしげ写真を眺めている。
マキノは、喉がグッと押し上げられるような気がした。
プロなんて、自分はそんなんじゃないんだ。
現場で何もできなくて、今こんなところにいるというのに。
だけど……
自分がいいと思った瞬間に、迷わずシャッターを切れたことが嬉しかった。
いつも、大事なところで勇気が出なかった。
私なんかがしゃしゃりでて、とか、そんな必死になるようなカットなのか、とか。
そんな逡巡を忘れて、ただ撮りたいという想いだけで体が動いた。
この人のおかげでーー
ーーミューズは突然現れる。
先輩の言葉が、脳裏によぎる。
ーーだからマキノ、この人だって思ったら絶対に逃したらダメだぞ。そうじゃなきゃ、一生後悔することになるからな……
男のまんべんなく焼けた肌が、太陽の下、暑さを跳ね除ける。
よく見ると手のひらまで焼けている。
ーー私のミューズ……
こんなにゴツくてエネルギッシュなミューズは想像していなかった。
だけどもう、この人から目が離せない。
「えっ、何?」
パッとこちらを見上げる瞳。その白目が一層際立つ。
気づけば、マキノは男の太い腕を掴んでいた。
もうどんな美男美女より魅力的に見える。
私の、ミューズーー
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