いつか必ずお別れが来るということ
マレーシアの暮らし、良くも悪くもないなぁと最近感じるようになった。
結局、完璧な環境というのはないような気がする。
どこへ行っても悩み、課題は尽きないしそういうものなんだと思う。
日本にいた時は、駅近でどこへ行くにしても便利だった。
マレーシアの今わたしが住むコンドミニアムからは最寄り駅まで徒歩30分はかかる。
さらに、マレーシアは歩道が整っていないためかなり凸凹道で歩きにくい。そして、暑い。
ゆえに、どんどん引きこもりになっていった。
日本にいる友人さえにも簡単には逢えないし、物理的に離れてしまうと色々な弊害があることにも気付かされた。
昨日、仕事から帰ってきてYouTubeをダラダラと観ながら過ごしていた時にたまたま目に入った動画を観ていて、祖母や母、家族に逢いたくなった。
いつも当たり前に顔を合わせていた家族とも海外に出てしまえば簡単には逢えない。
飛行機で片道8時間。
まあまあな時間…笑
ヨーロッパや、地球の裏側まで行ってしまったらもっと苦労が多いだろう。
お金も時間もかかる。
なんだか最近それらを考えると絶望してしまうのだ。
オンラインで繋がることはできても、実際に触れ合ったり、話したりすることとはちょっと違うというか。
先日、妹とテレビ通話をした。
嬉しい報告を聞いて、わたしも嬉しかった。
わたしと妹はとても仲がいい。
9歳離れているからなのか、妹と言えど、本当に親しい友人のような関係。
なんでも話す。
でも、この世を去る時にはお別れなんだなあと思うとちょっと心がザワザワ悲しい気持ちになったりもした。
今、わたしの側で見守ってくれている人達をより一層、今まで以上に大切にしたいと思った。
わたしの祖母は今年89歳になる。
現役で働いていてほんとにすごい。祖母には敵わないことが山ほどあるが、なかなか長生きするのも大変だろうなあと感じる。
マレーシアに来て、しっかりと孤独を感じまた自分の未熟さを知り仲間や同士がいてくれることの有り難さを知った。
一人でいいと思っていたけれど、それはどうやら違ったみたいだった。
それは、独身だから、結婚しているから幸せとかそういうことではない。
分かち合える幸せは、仲間がいてくれるからこそ。
お金だけで繋がるような人間関係は寂しすぎる。
利害関係のない友人は本日に貴重なんだなと心底感じている。
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