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超年下男子に恋をする㊲(青く光る星と雪。メリークリスマスをありがとう)

 彼はイブもクリスマスも連勤だった。
 私は二日とも休み。単にシフトの曜日じゃなかったから。予定も特になかった。

 彼にクリスマスプレゼントをあげたかったけど、私は彼女じゃないし、やはり誕生日の時みたく形に残らないものがいいだろう。

 そして誕生日の日のことを思い出す。

 みんなで車内で乾杯して、バースデーソングを歌った。
 あの時飲んだスプマンテを彼はおいしいと喜んだ。

 誕生日の時はハーフボトルだったから今度はフルボトルにしよう。それでも二千円もしない。安上がりなプレゼント。

 冬の花火が一瞬で凍てつく夜に消えたように、スプマンテの泡も弾けて消える。

 何も形に残らない。それでいい。

 そしてイブ。
 私はバイト後の彼を迎えに行った。近くのコンビニで待ち合わせ。

 この日、彼は私の好きな黒のシックな長いコート。バイトに着てくることは珍しい。それだけで見慣れてる彼をかっこいいと思ってしまった。

 私は悪ふざけでクラッカーを準備していた。でも私のすることなどお見通しの彼はなかなか車に乗ってこない。

「何で乗らないのー?」

窓を開けて私が言うと

「あなた、何かする気でしょ?」

と不審げに私を見る。

「しないよー。早く乗らないと見つかるよ。さっきからみんな出てくるし」

 私は店の出入り口の方を見て言った。
 私たちは別に不倫カップルでも何でもない。でもやたら周りに勘ぐられるし、彼が私を呼び出した時に注意した社員もいたので、なるべく人目を避けている。

 彼は出入り口の方を気にして、観念したように助手席のドアを開けた。

「メリークリスマス!」

 私はクラッカーを鳴らそうとした。
 でもなぜか失敗。
 なのに彼はお腹に両手をあてて、「うっ」と銃で撃たれたかのような反応。

  そして彼が「あれ?」と顔を上げたところでパン!とクラッカーが鳴った。

「あ、できた!よし、メリークリスマス!」

私が言うと彼は恨めしそうに私を見て

「やっぱりやると思った」

とため息をつく。

「あれ?メリークリスマスは?」

私が要求するとまた大袈裟なため息。

「あとこれ被ろうよ。どっちがいい?」

と私はサンタ帽とパーティ帽を見せた。

「えー、どっちもやですよ! 僕頭大きいんだから!」

「え?そういう問題?」

「とにかくやだ!」

「じゃ、メリークリスマス言って。お願いしまーす」

私は携帯を向けて撮影スタンバイ。

「ほらー早くー、メリークリスマスは?」

催促すると

「メリークリスマス!」

と少しおどけた様子で手振りまでつけて私に流し目。

(反則だ…永久保存版にしよう)

「とりあえず移動しようか」

 そしてまたすぐ近くのコンビニへ。

 そこならばバイトの人にはたぶん見られない。

 何よりそこで一緒に見たいものがあった。

 それは教会のイルミネーション。

 市電の線路を挟んだコンビニの向かい、小さな教会の壁にツリーを模したイルミネーション。てっぺんには青く光る星。雪の中で明滅している。

「綺麗だねー。クリスマスっぽいね」

私が言うと、隣で彼がふふふと笑う。

「あ、そうだクリスマスっぽいの作ってきたよ」

 私は用意していたチキンの赤ワイン煮込みを出した。

 お母さんの作るもの以外、見たことない食べ物に対しての彼のいつもの反応。箸でつまみあげ観察しながらにおいを嗅ぐ。

「わ、なんかにおいすごいなー」

 私はそれよりも、蓋を開けても湯気も出ないぐらい冷めてることが気になった。

「ちょっと、冷めちゃったなぁ…」

私が残念そうにつぶやくと

「え!さ、さめた????」

 それまでまじまじと料理を観察していた彼が、急に動揺して私を見た。

「え?冷めてるよね?」

 やっと意味を理解した彼は、ホッとしたようにまた料理に目を移し、

「あーなるほど、骨つきの肉か」

とよくわからないことをつぶやいた。

「一応身はあるよ?」

「え、ああ、うんうん、それはわかってますけど」

……じゃ、何がわからなかったんだ一体。

「じゃ、ありがたくいただきます」

彼はニコッと笑って言った。

 そして一口食べて

「あ、めっちゃうまい!」

と私を見て嬉しそうに言った。

「やった!久々の『めっちゃうまい』!」

 でも相変わらず何を食べさせられてるのかはわかってない様子で

「あ、ミートソース入ってる!」

「ミートソース入ってない」

「入ってない? じゃ、トマトソース?」

「赤ワインとケチャップ」

「やっぱケチャップ入ってんだ」

と得意そうな彼。

「うっま」

「良かった。本当は赤ワインだけで煮込むんだけど、それだとちょっと大人の味なんだよね」

「うーん、確かに」

「お子様用にはケチャップがいいからケチャップ多めにしてみました!」

「お子様って……」

と彼は苦笑い。

「実際おいしいって言ったじゃん」

「うん」

「やっぱりね。ケチャップ多い方がおいしいかなって思って正解」

そう言うと彼はまたふふふと笑う。

「おいしい?」

「うん、おいしい」

 なぜかこの時彼はほとんどタメ口だった。たぶんリラックスしてる。本人もそれに気づいてない。

「なんかごはんがほしくなった」

「コンビニで買ってこようか?」

「いや、いい」

「家でお母さん何か作って待ってるかもしれないしね」

「それはないけど……ごめんなさい」

 その「ごめんなさい」はいつものやつ。お母さんが待ってるから帰らなきゃの意味。

「いいよー。そう思ってチキンも少ししか持ってきてないし」

 それでも彼は急いで帰ろうとはしなかった。

 私たちは向かいの教会のイルミネーションを一緒に眺めながらクリスマスソングを聴いていた。

 こんな時、気の利いたことも何も言えない彼が好き。

「……僕、言葉が下手で……なんか、うまいこと言えなくて……」

「だからいいんじゃん?」

私は彼に言った。

「どういうことですか?」

「君のいいところはさ、人のこと批判したりしないところだよ」

「……ああ」

「言語が不自由っていうかさ」

(だから好きなんだよ)

とまでは言えずに笑ってごまかした。

 そしてしんしんと雪が降り積もる中、教会の前を電車が横切った。

「なんかこの街のクリスマスって感じ。記憶に残りそう」

「確かに」

「うん、いいねー」

そう言うと、彼がまたふふふと笑う。

 そして雪の中、私は彼を家まで送った。

「ゆっくり運転してくださいね。危ないから」

「うん」

 いつも冬道を理由にゆっくりゆっくり運転していた。彼の家まで15分。少しでも長く一緒にいたくて。彼の心配を利用して。

 もっと雪が降ればいい。帰れなくなればいい。
 そんなことを思いながら彼を家まで送った。

 そして家に帰って、いやいやながらも彼がかぶってくれたパーティー帽をクリスマスツリーの先端にかぶせて、幸せな気分で眠りについた。

 メリークリスマスをありがとう。

 あの日の教会のイルミネーション、ツリーの先端、青い星の光が、今も私の胸の奥で切ない光を放っている。








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