超年下男子に恋をする⑧(離婚女には雛状態の年下男子の優しさが染みる)
彼が母親以外で一番親しい異性は私だった。
「出会ったばかりって気がしない」
そう言いたかったらしいのだが、圧倒的語彙力不足な失言王子は
「いとこのお母さんみたい」
と私に言った。
さすがにこれにはカチンと来たけど、ようするに
「昔から自分を知っていてずっと見守ってくれているような存在」
と言いたかったらしい。
しかし、それにしても「いとこのおかあさん」ってつまり「おばさん」なわけで、さすが失言王子だわ。
でも私は彼のアホさや言葉足らずなところにかなり救われてきた。
この年の前年、私は離婚していて、元夫の理詰めの攻撃や罵倒にかなり苦しめられていたからだ。
元夫は一言で言うと「小賢しい」。
正当化や自己弁護が得意で理論武装で相手を攻撃する。その小狡さと攻撃性に私は本当に苦しんだ。
だからこそ、彼のアホさやポンコツぶりは私にとって癒しだった。
難しくて複雑なことが考えられないところも、語彙力ないから人の悪口言えないところも、お客の嫌味さえ素直に受け取って「いい人だなぁ」と言う単純さも、私にとっては魅力だった。
言葉なんていらない。
言葉で癒されなくても、大型犬に抱きついてふかふかの毛に顔を埋めればただそれだけで癒される。そんな感じ。
温かかった。
元夫は弁が立つけど、会話がほとんど成り立たなかった。同じ言語で話してるとは思えないぐらいだった。
アスペルガーの夫がいる妻が書いた名著「一緒にいてもひとり」が私のバイブルだった。
複雑で難解な元夫とちがい、彼は単純で明快。私もわかりやすい人間なので、一緒にいて本当に楽だった。
彼はよく「僕たち似てますよね」と言ったけど、彼が「僕ら」とか「僕たち」と私も含めて言う言葉が本当にうれしかった。結婚生活では「一緒にいてもひとり」だったから。
不思議なこともあるもので、元夫と彼は苗字が同じ。名前もたった一文字違い。家族構成や血液型、ほかにも共通点はあったけど、彼は「一緒にいてもひとり」を感じさせない人だった。
もし結婚したのがこういう人だったらなんて思ったりもした。
そんなこと思い始める時点でもう「息子」なんかじゃないし、最初は「あなたから生まれてきたのかもしれない」と言っていた彼もだんだん私の子ども扱いに腹を立てるようになり、「僕は一人の立派な成人男性です」なんて言うようにもなっていた(そのムキになり方が逆に子供っぽかったけど)。
私は彼に自分ができる仕事は全部教えたし、彼はすべての仕事をこなせるバイトとして重宝がられるようになってきた。それで自信をつけてきたのもあるんだろう。顔つきも男らしくなってきた。
初めて見たものを親と思う雛鳥状態だった彼は、仕事のやり方も口調も私に似てきて、よく若い子たちに「だいじょうぶ~?」とか「ありがとねー」と私と同じ声掛けをしていて、陰でその子たちに笑われていた。
でも私が彼を助けたように、彼も私のことはよく見ていて、たとえばうっかりグラスを割った時、見えないところにいたのに一番にちりとりとほうきを持ってきて、破片を拾おうとする私に「危ないから」と言って触らせなかったこともあった。
忙しくて水も飲めないような店だったけど、私がよく自分が水やお茶を飲むときは彼の分も必ず用意したので、いつしか彼も同じようにしてくれるようになった。
私が向けた優しさを素直に感謝してくれて、同じ形で返してくれる。これは当たり前のことじゃない。少なくとも私には当たり前じゃなかった。
元夫には優しさも思いやりも伝わらなくて、これって自己満足の偽善なんだろうかと真剣に悩んだりもした。
でも彼は、私がすることを「やさしさ」として受け取ってくれる。そして同じ「やさしさ」で返してくれる。
わたしのことを彼はよく「やさしい」と言っていたけれど、そうやって受け止めてくれる彼の方がずっとやさしいと思った。
最初、彼が元夫に一番似てると思った部分は「なんかこの人すぐ逃げそう」みたいな弱さだったけど、彼はつらくて逃げ出した場所に戻ってきた。そして周りに頭を下げて、またがんばって働き始めた。
似ているようで似ていない。彼には元夫にはない強さと勇気がある。
私はこの時から、彼に尊敬に近い感情を抱くようにもなっていた。それは元夫には決して抱かなかった感情だった。
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