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【卯】ウサギの社寺彩色の話

まだ小正月を迎えていないとはいえ、すっかり平常運転の2023年です。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

さて、note書初めを何にしようかと思いながら
すっかり干支に乗っかってみまして「ウサギの社寺彩色」をとりあげます。

書き納めを「鱗と羽の図像考」にした割に、年始は非常に素直です。

それでは早速。

※以下掲載の画像は全て自身で撮影したものです




今年の干支は「卯」ですね。
前の「卯年」の時にも思いましたが、やはり可愛らしい動物代表格のウサギさんですから、結構やんややんやと取り上げられている気がします。

狛犬ならぬ「狛ウサギ」の神社さんが取り上げられたり、
街の雑貨屋さんもウサギグッズに満ち溢れています。
これがヘビやウマなどになると若干下火な気がするのは私だけでしょうか。

子はネズミ御殿、寅は大阪というビッグスポンサーがいる

狛ウサギも良いけれど、せっかくなので社寺彫刻のウサギの彩色なんぞを
見て頂ければと思います。


北野天満宮のウサギ

好きなウサギ彫刻TOP3にランクインするのはこちら、
北野天満宮三光門のウサギさんです。

この伸びやかなフォルムや波と雲の大らかな彫りが素敵です。
中央に三日月が浮かんでいるのも魅力的。


そもそもこうした門の中央に
伸び伸びとウサギ彫刻を持ってくるスタイルが意外とありません。

さて、北野天満宮さんのウサギに施されている彩色がこんな感じです。

北野天満宮ウサギの彩色仕様
透塀にも兎彫刻がありますが、同じような仕様でした

ちょっとラフな仕様図ですが、
全体に淡い黄土具(黄土と胡粉の混色)を塗り、
その上から各所に黄土系の色でぼかしを入れる。
眼・耳・鼻・口には朱で調子付けという、シンプルかつ王道の彩色です。
淡い色で毛を描く場合もありますが、画像からは確認できませんでした。

この波を走るウサギ、「波兎」というよく用いられる画題です。



波兎について

有名な話なのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、
波兎の発端は、謡曲『竹生島』。
廷臣が琵琶湖を渡る際に謡う一節から派生したデザインで、
江戸時代初期からものすごく流行ったようです。

「緑樹影沈んで魚木に登る気色あり 
 月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色や」

(訳:木々の緑の影が湖面に映り、湖底に沈んで、水中に泳ぐ魚はあたかもその木々に登るかのよう。 月が湖上に影を映すと、月の中の兎も波の上を走るのかと思われる。 なんとまあ面白いこの島の景色であること。)

ノートルダム清心女子学院「佐野 榮輝 教授 日文エッセイ175」より引用

こんな幻想的なイメージに加え
よく跳ね、多産のウサギは『飛躍』『子孫繁栄』の象徴として、
また波は『火除け』の装飾として重宝されます。
それ以前にも月と兎・太陽と鳥は中国古来から伝わる図像。
そこに謡曲『竹生島』という国産デザインが花を咲かせたという気分です。

余談ですが、
謡曲『竹生島』の「ウサギ」は湖面に映った「月のウサギ」。
そこから更に「波しぶき」としての「波のウサギ」、「波頭として見立てられたウサギ」の側面も、波兎にはあるんでないかと思います。

こうの史代さんの漫画『この世界の片隅に』での印象的なシーンで
波が立つ海を「うさぎが跳ねよる」というように、
私も竹生島から荒れる琵琶湖を見て「ウサギが跳ねてるなぁ」と思っていました(そして「今日は帰れないのだろう」と度々諦めていました)


また、とても有名なウサギ説話の大先輩は『因幡の白兎』、
『かちかち山』でもウサギは登場してきます。
ズルイ兎と月の兎と波の兎…


話が逸れそうなので、置いといて…



ウサギの社寺彩色

本題の彩色の話はここからです。

北野天満宮は淡い黄土で調子の付いた白兎系でした。
他にもこんなウサギ彩色がありますよ、というご紹介です。

北野天満宮三光門のウサギさんから形を拝借しまして、
ワタクシ調べの彩色仕様をどんどん施して参ります。


白ウサギ(白緑ぼかし)
茶ウサギ(黄土ベース)


白ウサギ 味付けver.(白緑ぼかし+朱具ぼかしに毛書き)
茶ウサギ 味付けver.(黄土ベースに毛書き)


茶ウサギ(白ベース)
黒ウサギ


こんなところがベーシックなウサギ彩色かと思われます。
白か茶か黒で、味付けに毛描きやぼかしがある。
ちょっと工夫できるところは眼や足先でしょうか。
あとはブチがあったりする凝り性のものがあるかなぁです。

なにせウサギなので。


霊獣で獅子とかなら、もう少し色のバージョンが出てくるのですが
実在する生き物に関してはそこまでやんちゃな彩色はありません。

調査する側となると

ホッとします。


今は完全に外野の身なので、身勝手にも「つまんないなぁ」と思います。

しかし、茶系統でも「ベースが白か黄土か」「茶の色味」で
ずいぶん印象が変わってくるものです。

「白ベースには白緑ぼかし」というのも含め、だいたいの彩色の基本はこういう色の組み合わせで、

①ベース ②ぼかしの調子付け ③細かな描き込み

だいたいこの3手で彩色仕様が出来ています。


波兎と野兎

ところで、ウサギの社寺彫刻には2大派閥があると勝手に思っています。

1つは先ほどの『波兎』
江戸時代初期より、彫刻のみならず工芸全般を席巻した愛されデザイン。

もう1つが『波兎』が生まれる前からある『野兎』です。
(野兎タイプというのは私が勝手に呼んでいる)

野兎の例

日吉東照宮外部蟇股の野兎さん
茶兎に紅葉です


『野兎系』は草花や紅葉などと組み合わされる素朴な印象のデザインです。
蟇股ではだいたい1羽のウサギですが、
欄間彫刻や長く連なる部材では、
だいたい複数のウサギが飛び跳ね追いかけあっています。

なんとなくですが、
波兎7:野兎3くらいの比率で見かける気がします。
波兎の方が多いですね。
デザインのユニークさやインパクト、説話ができる点で『波兎』に軍配があがっているのかもしれません。

彩色面でも江戸以降は安価な「群青色」の絵具が使用できるようになったため、青を多分に使う『波兎』の方がハイカラだったのではとも思います。


社寺彫刻のある社寺に赴いてウサギ彫刻と遭遇する確率は、
40%くらいかなぁという印象です。
十二支彫刻でぐるりと外観をとりまく仕様なら確実に出会えます。
五重塔や三重塔は十二支ぐるりがよくあるので見つけやすい。
その他、東照宮系列は彫刻自体が多いので、
割とポピュラーな画題であるウサギは、取り付いている可能性が高いです。

参考までに野兎と波兎の彫刻がある社寺など。

野兎系(茶兎・黒兎・白兎いろいろ)
秩父神社:茶兎にタンポポ(タンポポは板絵)
湯島天神:茶兎に楊桃やリンドウ
久能山東照宮:白兎にアジサイ
身延山久遠寺:白兎に椿
鶴岡八幡宮:白兎にリンドウ
少彦名神社:白兎、茶兎にツツジ
浅間神社:白兎、茶兎にツツジ
日吉東照宮:茶兎に紅葉
石清水八幡宮:鶴と亀と白
北野天満宮:白兎に楊桃

波兎系(9割方が白兎)
大前神社
妙見宮(八代神社)
飯野八幡宮
日光東照宮五重塔
上野東照宮
三峰神社
雨引観音楽法寺
伊佐爾波神社
北野天満宮:白兎に月
聖神社:白兎と黒兎(頭貫絵画)…波に黒兎は珍しい
押平神社:白兎に太陽
本久寺
大己貴神社

所在地を記さず中途半端ではありますが…


やってみた

もういい加減3000字になろうかというのに相変わらず書き連ねていきます。

そう、せっかくなので素木の彫刻、彩色のされていないウサギ彫刻に
彩色してみようではないか!と思い立った次第。


こんな私に付き合ってもらう彫刻さんは
以前に取り上げた「高野山金剛峰寺」のウサさんです。
堂々たる波兎ですね。

元気よく飛び跳ねる2羽のウサギと波・雲


この2羽にご協力頂きまして、文明の利器ペンタブでえいやっと。


勝手に彩色・金剛峯寺『波兎』彫刻


波は潔く群青繧繝(細かい繧繝にしたり白線入れるのはやめました)、
雲は五色にせず朱・緑青・濃い目の茶繧繝を塗り切りで。
メインのウサギさんは白ウサギで黄土系のぼかしです。

そこまで深く考えずにちゃらっとしましたが
雲のフチは「白だと波とかぶるから黄土にしよう」と考え、
「黄土くくりだし、ちょいとこっくりした色味の雲にしよう」と思い、
「雲の数が少ないから5色にしたらうるさかろう」とした次第です。

ウサギさんに関しては、
白緑ぼかしのあの清涼感は
今回の堂々たる体躯のウサにはちょっとサイケデリックかなと思い
黄土系にしました。
口元を赤くしようとしたらタラコ唇風になってしまうので諦め。

いやぁ、

完全に好きに彩色できるって良いですね…!



もともとが素木という解放感と安心感がすごく新鮮でした…
またやろう。

こちらの彫刻は彫り自体も良くて、白描を起こしていても楽しかったです。
『みんなのフォトギャラリー』にも投稿しますので
よろしければご使用ください。






さて、長くなりました。
今年もきっとこんな調子かと思いますが、
どうぞ気楽にお付き合い頂ければ幸いです。

東日本大震災の際にも思いましたが
「卯」は真東に位置する夜明けの干支。
夜明け前が一番暗いとはよく言われることですが
(そして朝なんか嫌い!という方がいることも重々承知ですが)
本年もつつがなく過ごせますよう過ごされますよう。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
また次回の投稿で。




おまけ

社寺彩色好きにはたまらない・彩色類例『兎づくし』!
こちらも『みんフォト』にあげます

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