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芙蓉雑詠帳〔二〕

【新年より立春】

膵臓の奥まで初明りを呑む
初明かりそつと瞼に仕舞ひ置く
喰積や真白き箸の触るるとき
七種粥去年と異なる羽織かな
背表紙のととのひ七日粥の音
喰積や真白き箸の触るるとき
鉛筆の音の温みや初句会
乗初や御召列車の重き窓
七色に匂ふ泉や避寒宿
大寒の影絵に匂ふインクかな
学友の着慣れぬ服や紀元節
草霞み市電鳴り行く常世かな
梅が香の微かに雀の毛玉かな
常磐津の皷のごとき春の風
凍蝶の瞼くすぐる三日月夜
人影の無き往来や冬木立

【三春】

華やかや靴散らしたる雛の客
春暁や路面電車のあくび声
唇を置き去る銀座の柳かな
新しき顔や見下ろす雛の顔
ため息の残る硝子や雪の果
花冷えやルージュ捨て去る喫茶店
透きとほるワルツ弾くごと花篝
指先を添へてみたくて雪柳
一秒を追ひ抜くやうに初桜
存問の句を吟じ合ふ蛙かな
米研ぎの静かに復活祭の朝
お辞儀する羽織の紐や灌佛會
珈琲を知らぬ子猫の踵かな
珈琲の遺した笑みや花の雨
思ひ出の溶けた珈琲春の雨
今昔の軋む都や花の宿
ヘアゴムの痕を残して夏近し
茶柱の聳へたるごと山笑ふ
乳飲み子のほっぺ撫づるや竹の秋

【三夏】

錆びきつた街の静寂や夏灯
合はす手を天に掲げよ杜若
夏衣そつと根付の揺れにけり
雨蛙やをら閉じぬる目玉かな
明易や切手に託す夢一夜
五月闇少し猫背を立ててみる
長き日を忘れるやうに髪洗ふ
江戸の香に口づけしをり初鰹
愛想なき木床を頬に今朝の夏
夢を見るには早すぎて燕子花
液体になつた飼ひ猫なつはじめ
酔ひ覚めのやうに蛍の軌跡かな
ラベンダー少し敬語を解いてみる
白球を追はぬ静けさ夏出水
小蔀に梅雨ひとひらを飾りけり
四迷忌や欧州航路の夢の朝
こそばゆきけふを梳るや宵の夏
夏落葉ラケットは雲とらへけり
甲乙丙並びて夏休みの来たる
    無季夢中
鈍色の雲の目うをになりにけり
つま先の渦ぎこつなく七月尽
夏木立じわりと土に染みにけ
梳る音の静けさ夜の秋
足音の重き時計や七月尽
煮穴子のほろと崩れる夜風かな
土かをる向日葵の影伏せしまま
青岬をとこは波となりにけり

【三秋】

七夕を飲み干すやうに今朝の雨
七夕や硯に託す今朝の夢
星の恋さまさぬやうに詠みにけり
枯井戸に東京盆の煙かな
薄色の袂揺れるや盆の夜
鬼灯の宇宙を透かし見たりけり
夜習や厳かに垂る髪の束
鉄道草や赤錆秘むる夢うつつ
秋染むや裸電球尽きにし
秋の灯や帝都大川揺れぬまま
秋麗を肺の奥まで満たしけり
稲妻の穂先を嗅ぐや迷ひ猫
降る月に杯の添ひゐる宴かな
色鳥や戀せよ秋は長からず
弁慶のごと秋茄子の座してをり

【立冬より暮】

炉明かりの弾けて猫の夢仕舞い
   クリスマス連作
吐く息の星となりぬる聖夜かな
クリスマスイブに語らふ相聞歌
にんじんを残さず食らふクリスマス

【サクナヒメ連作十句】

   『顔』
やはらかに笠打つ音や春の雨
青蘆に生と屍の棲んでをり
水の皺そろへて今朝の田植ゑ唄
朝焼けを羽織り刈田の息遣ひ
静寂に負け食ひちぎる吊し柿
家猫のとろりとしをる鎌祝ひ
初鮒を余してみせる欠け茶碗
うつ田姫招きて納屋の音すなり
冬椿きつとなにかを喰ひさうな
かんばせの揃はずに喰ふしじみ汁

【短歌など】

朝礼の教師のやうなことを言ひたくなる夜もたまにありけり
クリスマスイブと言ひたげなる夜に詩句と語らふことの閑さ

平素よりご支援頂きまして誠にありがとう存じます。賜りましたご支援は今後の文芸活動に活用させて頂きたく存じます。