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真面目って長所だ

 ホテルマンとして働いていた頃、苦手な上司がいた。
何かにつけ他人の揚げ足をとり、嫌味を言ってくるタイプで、その上司と合わずに辞めていった人は私が勤めた8年間のなかで20人以上は見てきた。(今考えると怖い)

それでも、自分的にはその上司含め、周りと上手くやってきた方だと思う。ただそれは私自身、人間力があるとか、できた社員だったというわけではない。単純に、周りの人たちに合わせていただけだ。
面白くもない話に相槌を打ったり、他の人の愚痴や悪口を聞かされても愛想笑いをしたり。社会で上手くやっていくためには、こうして自分を偽る術も必要だろう。そう、自分を正当化していた。

だけど今思えば、その時は単純に「自分」というものが無かったのだ。企業という狭い空間で、他人に合わせて上手くやることが、社会人として正解なのだと勝手に思い込んでいた。今考えると本当に恥ずかしい。
確かに、どこにいたって、ある程度周りと合わせる努力は必要だろう。けれどそれは配慮の内に過ぎない。自分勝手に仕事を進めないとか、故意に他人を傷つけないとか、そういった配慮さえ忘れなければ、実際は周りに合わせるために自分を偽る必要などないのだ。



 ある日、職場で長年使用したホテルシステム(チェックインや予約情報を入力するシステム)が入れ替わることとなった。
結構大規模な入れ替え作業だったため、よく分からないが本社から偉い人が来てみちっと3日間、新システムの説明を受けることとなった。
その最終日だったろうか。今後に備えて私は今一度、システムの使い方を本社の人に確認していたのだが、それを見た上司は鼻で笑いながら「真面目だねぇ~」と、そう言ってきた。

とはいえ、私は別に真面目ではない。要領が悪いという自覚があるため、仕事に関しては良くも悪くも心配性なだけだ。(仕事以外のことに関しては恐ろしいほど楽観的である)
だから業務に取り組む前は、できる限り下準備をしたり、前もって予習をしたりと工夫するようにしている。だからだろう。他人からは「真面目」に見られやすい。それが仇となってしまった瞬間だった。

 それから数ヶ月経ったある日。
この日、遅番だった私はいつものようにフロントでチェックイン業務をしていた。私が勤めていたホテルは出張で来るサラリーマンの他、建設会社などの工事現場の人たちが主な客層だったのだが、その時、作業服を身に纏った4人組がホテルに入って来るのが見えた。

見るからに建設会社の人たちだ。私が立つカウンターにはその内の2名、上司と部下と思わしき男性がやって来た。だから私も申込用紙2枚を差し出し、その人たちが書き終えるのを待っていた。
現場仕事の人たちは領収書を欲さない会社も多いためか、申込用紙には名前だけを乱雑に書く人がほとんどだ。しかし、20代くらいの部下と思わしきその男性は、名前や住所、そしてフリガナまでをもきちんと書いていた。

『丁寧な人だなぁ』と眺めていると、横にいた50代くらいの上司がすかさず「真面目だねぇ」と、呆れ口調でそう言ったのだ。

うわぁ~でたでた!この年代の人はみんなこんな嫌味しか言えないのかね???と、自分の体験も相まって嫌~な気持ちになっていると、その男性はパッと顔を上げ、さわやかな笑顔でこう言った。

「はい!長所だと思ってます!」

ほえ~~~と、思わず呆気にとられてしまった。
その人は嫌味を嫌味として受け取るのではなく、肯定に変換させたうえで、きちんと相手に投げ返したのだ。そうすることで自分も、そして相手も不快な思いはせずに済む。

なんてできた人なんだろう……。そう感嘆した。
同時に、言葉は受け取り方次第で善にも悪にもなるのだということを知った瞬間だった。

 とはいえ、やはり自分を偽ってまで合わない環境に身を置いたり、無理に話を合わせたりする必要はないと私は思う。良くも悪くも、他人は好き勝手言うものだ。かけられる言葉のすべてを真に受けることなどしなくていい。

ただ、否定的な言葉さえも自分の中で肯定に変えることができたなら、今より少し、優しい気持ちで過ごすことができるのかもしれない。

もう名前も忘れてしまったその彼のことを、今でも時々思い出す。


【今日の独り言】
誤解のないように言っておきたいのだが、私は本当に真面目ではない。というか、この頃は特に不真面目だった。
あまり大きい声では言えないが、ホテルマン時代は暇なとき、普通に空いている客室でYouTubeを観たり寝たりしてサボっていた。(ぉぃ)
今?今は仕事に関してだけはめちゃめちゃ真面目ですよ。もちろん!(にこっ)

【70/100】

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