健康を失って気づく、周囲の優しさ
2024年6月17日、はじめてコロナウイルスに罹患した。
正直、ナメていた。ここまで辛いと、いや、日に日に辛くなっていくものだとは思わず。夜な夜なひとりでメソメソ泣くほど辛かった。というか、発症して5日目(6/21現在)の今も、結構な辛さである。
なんと言っても喉が痛い。喉の奥が、じくじくにやけ爛れているんじゃないかと疑うほどの痛みがずっと続いている。そんなんだからろくに食べられず、その状態で薬を飲み続けていたからだろうか。今度は胃がやられてしまい、昨日はずっと胃がもちゃもちゃして、オエー!となっていた。
あ、だめだ。これ、本当に死ぬ。
そう、何度か本気で思った。どれくらい本気だったかというと、何人かに最後のあいさつメールを送ろうか血迷ったほどだ。(とりあえず踏みとどまった)
そんな状態だったこともあり、現実逃避に陥った私は、今、自分に何かあったときの後悔を考えてみた。
第一に、気がかりなのがやはり構成だ。今回のシナリオは個人的に興味深い内容だったこともあり、きちんと最後まで書きたい気持ちがあった。あと、やはり本業も、こうして一人欠員がでることで全体に迷惑をかけていることだろう。
だけど仕事は、代わりの人材なんていくらでもいる。ものすごく冷めた発言になってしまうが、現実問題そうなのだ。本業も副業も、私の代わりなんていくらでもいる。そのことを常に意識していたからだろうか。日々、目の前の仕事には全力を出していたつもりだ。よって、仕事に対する総合的な後悔はあまりない。
じゃあ、人間関係はどうだろう。
この数年で、会いたい人にはたくさん会った。大好きで大好きで大尊敬しているオリィさんにも会いに行ったし、ライター仲間にもたくさん会った。近藤先生にも会えたし、好きな人にも好きだと伝えた。数少ない友人とも、割と頻繁に連絡はとっている。そして私は、日頃から人に対して「ありがとう」を意識的に言うようにしている。多分、そんなにいい人間ではないけれど、特にここ数年、感謝の気持ちは隠さず、直接相手に伝えることだけは大切にしてきた。
うん、そう考えると、人間関係もこれといって悔いはない。
そうか、私は自分でも気がつかないうちに、後悔のない日々を送っていたんだな。そう思った。
あぁ、でもやっぱり、ひとつ心残りがあるとすれば、それは小説だ。
せめて今書いている作品だけは完成させて、新人賞へ応募したい。日の目を見なくてもいい。見なくてもいいから、とにかく完成まで持っていきたい。そもそも、私は伝えたいことがあるから、小説を書いているのだ。有名になりたいわけでも、お金持ちになりたいわけでもない。ただただ、書いて伝えたいことが、届けたいことがあるから、小説を書いている。
そう考えるとやはり、こんなところで終わっちゃいられないなと感じた。
正直、コロナにかかってからはSNSを見るのも億劫だったが、なんでもいいから早く良くなる方法を知りたいと思い、こんなポストをしてみた。
すると多くの人がリプをくれただけではなく、DMをくれたり、「これで龍角散でも買ってください!」とアマギフを送ってくれる方まで現れた。
思えばライターを始めてから、私は本当に周りの人に恵まれて生きてきた。
直属のクライアントはもちろん、普段あまり絡みのない代表の方まで、私のポストにこっそりいいねをくれていたほど、仲間だけではなく仕事相手にも恵まれている。
心身共に弱っていたこともあり、もう全部が嫌だとずっとメソメソしていた数日間だったけれど、いろんな人の優しさに触れてもう少し頑張ってみようと思えた。本当に。
久々に重ための風邪を引いたことで、強制的にここ最近を振り返る結果となったが、こういった時間も意外と必要なのかもしれない。自分が如何に恵まれているかを再確認できる結果となった。
今回いろんな方にいただいた優しさは、いつか必ず何かの形で返したいと思う。
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