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嫌われたくないよりも傷つけたくない

周りの目を気にして、仲間外れにされたくなくて嫌われたくなくて自分を偽った経験がある人は多いだろう。

けれど私は人に嫌われたくないという思いより、人を傷つけたくないという思いの方が小さい頃からずっと強かった。

なぜなら物心ついた頃から「お前が悪い、なんでできないんだ」など自分を否定するような言葉に沢山傷つけられたからだ。

傷つくと悲しかった。自分はここにいてはいけないんだと自分を責めた。

傷つくのは辛いから


自分が嫌だと思うことを他人にしない=傷つけたくない

という固定観念が幼いながらも出来上がった。

そして人に不快な思いをさせたくない、こんなことを言って嫌な思いをしないだろうか、自分の発言が人を傷つけるのではないかと思うと次第に言葉は出なくなった。

自分から発言することは極端に減った。大人数の場では中立を保った。いじられてもヘラヘラ笑うことでその場を上手くやり過ごしていた。

そうしているとどんどん自分の気持ちは分からなくなっていく。誰かに合わせていれば楽だしそれで良いんだと思うようにもなる。

人を傷つけなければ上手く生きられる


そう思って生きてきたら人を傷つけないようにという思いから自責思考が強くなった。なんでも自分のせいにして溜め込んで、身体を崩したりした。周りからは自分の意見が無いんだねと言われる始末。

そうじゃない。

本当は思っていること言いたいこと沢山ある。


話したいけど話せないという葛藤が続く中、とある人に出会って考え方が一変する。

その人は言いたいことを相手のことなんてお構いなしにガンガンに発言する人だった。言葉遣いは良いとは言えないけど、困った時には助けてくれるし、さりげない気遣いもできる人。私は心を許せたのかその人には言いたいことを何でも言えた。


「言わなきゃ分かんねーよ!」


話さなければ自分の気持ちも相手の気持ちも分からない。分かっているようで分かっていなかった。

自分の発言によって相手が傷つくかどうかは相手次第。何も意見を言わないで曖昧にされるより、ちゃんとはっきり伝えて欲しい人だっている。

そして相手の発言に対しても、深い意味は無い場合も、言い方がただキツイだけで悪気があった訳ではないかもしれない。言い方や発言に嫌だなと思うことがあっても傷つく必要はないのだ。

そうやって考え方が変わってからは、関わる人に対して思っていることをすぐ伝えることができるようになった。

ただ"傷つけたくない"という思いはやはりあるので、言い方や、相手がどう感じたかを言いやすい雰囲気づくりは常に意識している。

また結局は相手との信頼関係でも言葉の伝わり方は変わってくることにも気づいたので、何でも話せる関係性を築くのも大切。

以前までの"傷つけたくない"は相手のことを勝手に解釈して、何も発言しないという考え方だった。

今は相手とコミュニケーションを取りながら、言いたいことを言葉を選んで伝える考え方に変わった。

捉え方は昔と今では違うけど、"傷つけたくない"思いはずっと大切にしていきたい。

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