課題設定:次世代の思考を支援する
-- 30年後の未来を読み解く第二弾:課題設定 --
白板にむかって文字を書こうとしたときに、小学生レベルの漢字が書けなくなった経験をしたことはないだろうか。紙の上で書かなくなった習慣が、あれほど訓練した漢字の記憶を消し去ってしまった。ヒトはメディアに能力をアウトソースするとともに、自身の能力を失い続けてきた。
そして今、「書く言葉」と活版印刷が構築してきたシーケンシャルに熟考する論理的な思考を手放しつつある。
●浅い思考のモノたち
いつの間にか長い文章を書いたり、読んだりすることが苦手となってしまった。長時間、文章を読むことに集中できないのだ。グーテンベルクが起点となった「深い読み」の習慣は、学校での学びの経験と、一部の知的生産者だけのものとなろうとしている。ネット中毒、スマホ中毒が「注意欠陥障害」を生み、ヒトを高速データ処理機械に変え、浅い思考のモノたちを大量生産している。
老人たちは人類誕生から繰り返して「最近の若いものは」と言い続け、それでも若者たちは新しい時代を切り開いてきた。繰り返されるヒトの変化という視点から、今何が変わり次にどこに向かおうとしているのかを考えよう。
●「書く言葉」の時代
○「声の言葉」から「書く言葉」への転換
「声の言葉」から「書く言葉」への転換は、個人の記憶力と表現力を減衰させながら「言葉」のあり方と語彙を増やし、それを使うための思考法を変えた。
自然環境を文字への置換と文字から脳内のイメージに置きかえるための努力が、ヒトの論理的思考を育てる。文字を書いていないときにも、曖昧性を排除して捨象し、シーケンシャルに論理的に書き留める回りくどい思考法を定着させ、新たな哲学・数学・科学を、教育制度を、新たな発見と創造を生み出し続ける。
活版印刷が集団に空間と時間を超えて深く吟味して記憶する文化をつくり、集団で修正して編集するコミュニケーション能力を与える。
〇「情報世界」に「書く言葉」をうつす
20世紀末には、融通の利かないコンピュータに語り掛ける言葉=プログラミングの言葉を構築する。人工的な共通言語は流行により複数登場するものの、世界中のプログラマが同じ言語を使って新しい文化を交換する。
シーケンシャルに論理的かつ厳密な記述を要求する書く言葉の記憶は、その回りくどい記述方法がゆえに膨大なものとなり、それを扱うために分業に分業を重ね専業文化して文字の記憶を重ね続け、ついにコンピュータのネットワークを使って「情報世界」にそれをうつす。
そしてヒトは、その膨大な記憶の波に溺れそうになりながら脳内ネットワークを再構築し続ける。誕生後まもなくふりそそぐ情報の嵐のなかで育つ新世代には、さらなる適応進化が始まっている。
●「情報世界」で生きる
○断片化するコンテンツと注意力
1ショットのつぶやき、断片化された動画、表現未満のコンテンツが瞬間的なインパクトを求めて放出される。ワンクリックの「いいね!」、リツイート(引用再掲)が飛び交い。家族や友人に気が向いたときにショートメッセージとスタンプを交換し、感情のように即時性をもった言葉が「情報世界」をかけめぐる。
高速に処理できるものを好んで選び、コンテンツのさらなる断片化を進め、ヒトの思考とコンテンツの断片化が互いに影響を与えながら変化する。感情のように即時性をもった言葉が「情報世界」をかけめぐる。
ヒトのコミュニケーションは受け取ったメッセージに感情が先行し、やや遅れて論理的思考が解釈を重ねる。断片化したコンテンツの世界では、感情から思考に切り替わる瞬間に次のコンテンツに切り替わり、思考の欠片だけが残像として記憶される。
〇時を分割して高速に思考を切り替える
(同時思考=時分割マルチタスキング思考)
TVを聞きながらYoutubeを眺め、TVを時々見て、オートでゲームをする。動画音楽を視聴しながら、テキストを書き、つど検索し、メールや挿入されるニュース・CMを眺め、相場を確認しながら、Lineの割り込みを処理する。テレビ、スマホ、PCやパッドを次々と切り替えて利用する。
「情報世界」のサービスたちがヒトの有限時間を奪い合い、視聴覚を中心に情報の嵐が降り注ぐ。ヒトの脳はそれに応え、時を分割して切り替え、感情回路を使って瞬時に判断・選別して記憶し、同時並行的に切り替えながら、極短時間の論理を働かせて思考する。生態による時分割のマルチタスク処理だ。
長いコンテンツを読む際にも、「情報世界」のコンテンツ散策と同様の速読法を使う。「F」字に読み飛ばして、直感で重点箇所を見きわめ断片化し、高速で浅い理解とともに探索を進める。
常に作業の中断を、新しい情報の取得を求めるようになり、割り込みを積極的に受け容れ、短期にメディアとコンテンツを切り替えながら思考する。
●閑話:複雑系を読み解く思考法
課題設定の前に、柔軟体操をしてみよう。
100年後のヒトが脳力を外界にアウトソースして、どのような思考方法を得ようとしているのかを仮説してみる。現在獲得しようとしている思考法のベクトルを延長して、直感でヒトの思考の変化をとらえる。SFなどを参考にしてみるのもいいだろう。
未来の予測の正否は問題ではない。現状から直感してありそうな遠い未来を仮説してみると、現在との延長線をメタファーのような道具として利用できる。
●課題設定
新しい時代のヒトの思考法とコミュニケーションを支援する道具を提案する。
参考書籍:
[1] ニコラス・G・カー(2010), "ネット・バカ :インターネットがわたしたちの脳にしていること", 篠儀直子, 青土社
[2] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房
Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press
[3] 石田英敬, 東浩紀(2019),"新記号論 :脳とメディアが出会うとき", ゲンロン
[4] 水樹和佳(1980), "樹魔", 集英社
[5] テッド・チャン(2003), "あなたの人生の物語", 浅倉久志他訳, 早川文庫
[6] 高野和明(2011), "ジェノサイド", 角川書店
[7] モリス・バーマン(2019), "デカルトからベイトソンへ :世界の再魔術化", 柴田元幸訳, 文藝春秋
Morris Berman(1981), "The Reenchantment of the World", Comell University Press.
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