パーソナル通信アシスタントを実現するまでの経緯: CardTerm with Mackun(1988年)
第三章 1990年から観た未来
3.1 商品として具体化したもの
・パーソナル通信アシスタント: CardTerm with Mackun(1988年)
・気づきのあるネットワーク・サービス:AwarenessNet(1995年)
本章では「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルとアイデア・プロセッシング活用方法のサンプルとして、1990年代に読み解いた未来(現代ではあたりまえとなったサービス・コンセプト)を例として紹介する。
今あるコミュニケーション、ネットワークをベースとして次のメタ・コミュニケーション、メタ・ネットワークを問い続けることにより、次の時代のサービスに気づくことができる。
筆者が「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルを使うようになったのが、1992年のこと。インターネット以前の時代に、どれだけ未来を読み解くことができるかという視点で観てもらえればと思う。
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●パーソナル通信アシスタント: CardTerm with Mackun(1988年)
Windows95が発売される7年前、パソコンのマンマシン・インタフェースがUnixのようにコマンドラインだった1988年。Mac PlusとHyperCardから「思考のためのコンピュータ」の新しい風を感じて衝撃を受けていたとき、HyperCardスタック・ウェア・コンテストが開催された。
用語:
Mackun(マックン): パソコンを擬人化したアシスタントの呼称
HyperCard: Machintoshに標準搭載されたマルチメディア・オーサリング環境
スタック(・ウェア): HyperCardで作成されたファイル
●お題(テーマ):MacLife誌にて
⇒到達フェーズ: 日本最初期のオープンソース&シェアウェア販売
HyperCardを利用したスタック・ウェア・コンテストで優勝を狙う
〇背景(1988年):
■通信環境
日本で本格的にインターネットが利用される7年前の1988年末、通信速度は現在の1万分の1以下であり、携帯電話はまだ普及していない。通信サービスといえばパソコンからテキストで書き込むメールと掲示板だった。
■HyperCardスタック・ウェア・コンテスト
MacLife誌において、第一回HyperCardスタック・ウェア・コンテストが開催された。優勝商品は、100万円以上する高嶺の花Macintosh IIだ。
HyperCardは1.4章でも紹介した、Apple社のMachintosh上で標準で搭載される開発・実行環境。Webブラウザのような画面に、簡易データベースや画像・音声つきの絵本/百科事典などを素人でも簡単に作ることができ、人とコンピュータとの新しいコミュニケーションの未来を垣間見させてくれるマルチメディア・オーサリング環境だ。ネットワーク通信機能機能は搭載されていないので、通常は1人で利用する。
〇環境条件
■現状把握
・パソコンへの入力: マウス、キーボード
・パソコンからの出力: ディスプレイ
・マンマシン・インタフェース:
- デスクトップ: デスクトップ・メタファー
- HyperCard: カード・メタファー(カード、ボタン、フィールド)
・ネットワーク・サービス:
パソコン通信サービス(メール、掲示板:現代の2chやMixi)
■競合相手の予測
HyperCardが得意とするのは、インタラクティブなマルチメディアアプリやカード型のデータベースであり、次のような応募が予想される。
・音声、画像を含むマルチメディア百科辞典
・アドベンチャーゲーム、動くインタラクティブ絵本
・教材: クリックすると変化するインタラクティブ教材
・自分用データベース: CD、本の所有管理など
〇着想:作戦
皆と同じジャンルで群を抜くのは難しい。パーソナル・メディアの針をちょっと先に動かして「人がコンピュータと共生するコミュニケーション環境の未来を描く」ことにした。
〇アイデアを言葉で表現する:
・クレーム(短文): 人のパートナーとしてアシスタント=Mackunが支援してくれる生活
・ネーム(呼称): ウィズ・マックン(with Mackun)
Mackun(マックン): パソコンを擬人化したアシスタントの呼称
●コンセプト編集
〇6W1Hで表現する
・いつWhen: 日々の生活
・どこでWhere: 家で
・誰がWho: 人が
・誰にWhom: マックンと
・何を(する)What: 対話し依頼する
・なぜWhy: 手伝って欲しいから
・どのようにHow: 音声で
〇曖昧な言葉、キーワードを明確にする
■いつWhen: 日々の生活
日々の生活といっても、当時は携帯がないのでパソコンに向かっているときや、パソコンと同じ部屋にいるときということになる。
筆者のパソコンの用途(1988年):
・パソコン通信(メール、掲示板)の利用
・HyperCardでの作品作成
・Actaというアイデア・プロセッサでアイデア収集と編集
・ゲーム
■何を(する)What: 対話し依頼する
具体的に依頼したい内容は?
・ 朝起こしてもらう
・ 届いているメールの読み上げ
・掲示板に掲載されている内容の読み上げ
・カップラーメンの時間など指定した時間が経過したら教えてくれる
・プログラミングや作品づくり、アイデア整理の支援。。。。は難しいか?
■どのようにHow: 音声で
「音声認識」技術はまだ未熟なため、今回のコンテストでは「音声合成」のみを使う。
依頼方法は、キーボードやマウスでトリガーをかけることになるが、連続する動作シーケンスをあらかじめ簡単に「依頼」しておけるようにしたい。
〇「ミクロ・マクロ・ネットワーク」でコンセプトを具体化する
■構成要素:
ミクロなコミュニケーション:
・人がマックンに操作シーケンスを依頼し、マックンが自動操作&音声応答する
ミクロなネットワーク:
・操作シーケンスによってつながる人・マックン・操作の連鎖
・マックンを介したパソコン通信ネットワーク
⇒マックンの手足はパソコン内から、ネットワークへと伸びていく
人とマックンの周囲の環境:
・人の生活環境、パソコン通信(メール、掲示板)
メタ・ネットワーク:
・人の生活シーケンスをマックンが統合して紡ぐ「新生活」
・マックンたちのコミュニケーション・ネットワーク
Machintoshで使える技術:
・英語の音声合成、HyperCardおよび他言語による追加関数
■ネットワークの特性:
人の生活の多次元性・多重所属:
・ヒトの人は複数(通常生活、仕事、趣味など)の生活シーケンスに多重所属する
フィードバック・ループ、学習、動的適応:
・生活シーケンスのサポートをマックンに依頼し、マックンが日常のルーティーンを学習、生活サポートを繰り返すことにより徐々に「新生活」を充実させていく
〇派生アイデア・メモ
・マックンが秘書となって、アイデア整理を手伝ってくれるメモ帳・ノート
・マックンどうしがコミュニケーションして、スケジュール調整や制御シーケンスの有効活用などの情報交換を行うアシスタント・ネットワーク
〇コンセプトを簡単な文章で表現する
気分は2001年宇宙の旅のHAL!
「朝、Mackunの声で目覚め、起床とともに届いたメールやスケジュールを読み上げる、Mackunとともにある日常」
〇コンセプト・シナリオ
()はボタンなどでの操作
マックン: 「朝です起きて下さい!」
私: (眠い目をこすりながら目覚めると)
マックン: 「メールが届いています、読み上げますか?」
私: (OK)
マックン: 。。。メールの内容を読み上げる。。。
マックン: 「今日のスケジュールを読み上げますか?」
私: (OK)
マックン: 「今日は、10時に眼科に行く予定です」
私: (掲示板を読み上げてもらえるかな)
マックン: (パソコン通信に接続&ログイン)⇒(掲示板を読み上げる。。)
●応募作品の具体化
〇作成するツール
次の3つのツールをCardTermとして統合して搭載。
1)カード型パソコン通信環境:CardTerm
複数のカードを作成・管理、各カードからパソコン通信にアクセスでき、メールや掲示板の表示内容をそのままカードとして保存・管理できる。パソコン通信への自動接続&ログイン機能を搭載。
ターミナル関数を自作してHyperCardに追加。
2)日本語を読み上げる:Mackun
漢字、ひらがな、カナ、数字、英語を識別して音声で読み上げる。応募作品は、連続する漢字を音読み、単独の漢字を訓読みするシンプルなもの。CardTermに、「記入したテキスト」「メール」「掲示板」などの読み上げを搭載する。
英語の音声合成MacinTalkの音素変換をベースに日本語音声合成を自作。HyperCardに追加。英語音素だとアメリカ的カタコト読みになるのはご愛嬌。
3)操作シーケンス記録・再生スケジューラ:OperationRecorder
録音機のメタファーで、「人の操作」を読み取り、プログラムに変換して記録と再生をすることにより、日常のルーティーンを自動プログラムする。
記録中の「操作」をHyperCardのプログラムとして記録、後から「操作」を再生できる。ボタンのクリックや、テキストの記入、音をならす、Mackunで日本語でしゃべるなど。再生スケジュールを指定できるので、「オートログイン」「オートダイヤル」「目覚まし」や「メールの自動ダウンロードと読み上げ」「タイマー」を標準搭載。
〇その後
・「HyperCard with Makun」がコンテストで優勝
・漢字辞書を追加、登録機能と1万語の辞書を搭載してシェアウェア販売
・MacPower誌コンテストにアイデア・プロセッシング・ノート「HyperNote with Makun」で優勝
・最近までPICやRadberryPiで、音声機能やリモコン機能を搭載してホームコントロールを自作していたが、ついにアレクサに置きかえた。いつか、音声でチェスができるようにしたい。
●現代の類似サービス
現代のサービスで表現すると、音声認識は搭載していないが次のようになる。
・アレクサ+RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)+カード型通信環境
参考:
[1] "日本語ハイパーカード スタックウェア・コンテスト グランプリ発表!", MAC LIFE No.11, 1989
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