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日本最初期のレコメンデーション・エンジンを実現するまでの経緯(1995年)

第三章 1990年から観た未来
3.1 商品として具体化したもの
パーソナル通信アシスタント: CardTerm with Mackun(1988年)
・気づきのあるネットワーク・サービス:AwarenessNet(1995年)

 本章では「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルとアイデア・プロセッシング活用方法のサンプルとして、1990年代に読み解いた未来(現代ではあたりまえとなったサービス・コンセプト)を例として紹介する

 今あるコミュニケーション、ネットワークをベースとして次のメタ・コミュニケーション、メタ・ネットワークを問い続けることにより、次の時代のサービスに気づくことができる。


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Step1:アイデア編集

●背景(1995年):

○環境条件

 楽天が発足する5年前、googleが発足する2年前の1995年、通信速度は現在の1万分の1にもみたない、個人や企業の情報発信がこれほど大量となるとは想定できず、Webページへのアクセスも1万件もあればヒットサイトだった。通販やCMがネットでビジネスになるかはまだ皆半信半疑、新聞やTVを超えるのは夢物語だった時代。

 研究所では、通信速度が1Mビット/秒となる光回線を各家庭に配線するという(当事としては)とんでもない目標にむけ、電話に代る通信サービスはどのような変化を迎えるのかを模索する。

○他の研究動向

・多地点臨場感TV会議、ビデオオンデマンド(Netflixの原型)など高速=動画という発想に注意が向けられている。医療用のレントゲンなどを利用した遠隔医療も考えられているが、1M程度ではまだ実用的ではない。
・オフィス電話や一般の電話交換はすでにディジタル化されていて、1Mビットとなった際にはインターネット上での電話通信も想定する必要がある。


●お題(テーマ): NTT研究所にて

 ⇒最終到達フェーズ: レコメンデーション・エンジンの商品販売

 通信速度は、1Mビット/秒(現在の1000分の1)となり、インターネット普及した将来、電話に代る新しいコミュニケーションサービスを創る。


●材料・素材:

○現状把握

・インターネットの通信速度は、早くても128kbpsが限界。
・利用者は極一部のコアユーザのみ。サイトのアクセス数は最大でも1万人に届かない。
・ネット通販のサイトはamazonなど一部で運用されはじめたが普及するかどうか怪しい。
・サイト毎のアクセス数が多くても1万人程度であるため、ネット広告の有効性を疑問視する意見が多い。
・企業からの情報発信もされているがあまり閲覧されていない。

○想定するプラットフォーム

・とりあえず電話網を想定

●着想:

○電話における「バーチャルなリアル」とは?

「バーチャル・リアリティ」をやりたいという1人の研究者の声が出発点だった。電話ネットワークにおける「バーチャルなリアル」とは何なのか。現実に置き換えてみて足りない視点はないか、我々は電話網を使って遠隔で世界中の指定した人と会話をしているが、それは現実空間のように周囲の雰囲気は伝わってこない。

○「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルで考えてみる

構成要素:
・ミクロ: 人
・コミュニケーション: 指定した相手との通話による情報交換
・マクロ: 交換機によってつながった通話(線)の集まり
・メタ・ネットワーク: 電話網をプラットフォームとした、メタな通話※とは何か? 
・環境: 人の生活している環境
・技術・社会的背景: 通信速度が1Mビット/秒となった時代に人々の生活はどうなるのだろうか?
ネットワーク特性:
・多次元性・多重所属: 個人が多重に所属する交友関係は電話帳だけで表現できているのか?
・フィードバック・ループ: メタ通話※におけるフィードバック・ループとは?
・適応・動的特性: 人の生活環境の変化、交友関係にともなって通話先は変化するがそれってかなり静的な変化じゃないか?
・可塑性と学習: 通話の履歴=記憶は残るがそれをサービスに活用できていないのではないか?
・恒常性・保守性: 環境変化に対して静的にしか対応できていないため、恒常性が働く状況にない?

※メタ通話: 電話での通話をベースとする、より高次元の通話



●言葉で表現する:

○やりたいことをクレーム(短文)とネーム(呼称)で表現する

 電話における通話では、既知の指定した相手とだけし話しをすることしかできない。現実世界では、知り合いが近くを通れば声をかけたり、子供と遊んでいる姿、仲の良い老夫婦などとの出会いがある。

 電話による通話はリアルと異なり、不自然なコミュニケーションだということに気づく。近くにいる人と出会うことはできないか?それが次の発想の分岐点となる。

ネーム(呼称): 
 AwarenessNet(アウェアネスネット: 気づきのあるネットワーク)
クレーム(短文):
 通話している時に周囲いる人に気づくことができるネットワークサービス

気づきのあるネットワーク

      周囲の人たちと出会う、気づきのあるネットワークサービス

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Step2:コンセプト編集

●言葉で表現する:

○6W1Hで表現する

気づきのあるネットワーク(AwarenessNet)とは何か

・いつ(When): 「電話をしているとき」、または「電話をしたした後」
・どこで(Where): 通話空間で
・誰が(Who): 私が
・誰に(Whom): 友人候補や興味が同じ人に
・何をする(What): 気づく
・なぜ(Why): 新たな出会いのため
・どのように(How): 周囲を見渡し近くにいる人を探して

○曖昧な言葉をより明確にする(補足)

・なぜ(Why): 新たな出会いのため
 新たに出会って嬉しいのはどのような人か?
 ⇒自分の電話メモに記載されていない友人候補
 ⇒興味が同じ人
・どのように(How): 周囲を見渡し近くにいる人を探して
 近くにいる人のとはは何か?
 ⇒自分の「友人たち」と共通に親しい人
 ⇒自分と「興味」が近い人

○派生アイデアメモ:

 この段階で思いつく別のサービスやキーワードがあれば、将来役立つかもしれないのでアイデアメモに残しておく。

・現実世界で道を歩いているときに、近くの知り合いを表示
・通話中に通話相手との関係をもとに、知人や同じ興味の人を表示、同時接続

●コンセプトの具体化:

 興味を学習し、興味をフィードバックするメタネットワークのコンセプトを具体化する

〇「高速ネットワーク」上での生活はどう変化するのか

・通信速度が1Mビット/秒となった時代は生活空間の一部をネットワーク上に移動する。誰もがネットワークにより生活(通話、購入、閲覧)する時代を想定。
・AwarenessNetのネットワーク上での出会いの対象を「通話」だけでなく「購入」「閲覧」も含めて考える。

○「興味」の定義

 サービスの利用者を基点として、距離が近い「ヒト」「モノ」は「興味」が近い。

○「距離」の定義

 AwarenessNetの肝となる「近さ=距離」をどのように求めるのかを具体化する。距離は、コミュニケーションのために踏みならされる道の記憶から発生する。

1) 友人候補との距離:
・「通話回数が多い通話相手=知人」と通話している人たちのなかで、「通話している知人の数」が多い順に近い。
※現代ならFacebookの「友達かも?」に近い
2.同じ興味の人との距離:
・自分が購入している商品を買っている人たちのなかで、「同じ商品を買っている数」が多い順に距離が近い。
・Webコンテンツの閲覧でも同様
3.おすすめ商品(Webコンテンツ)との距離:
・2)の「興味が同じ人」が買っている商品のなかで、「買っている人の数」が多い順に距離が近い。
・おすすめのWebコンテンツでも同様
※2)の商品を単品にすると、amazonの「よく一緒に購入されている商品」というレコメンドサービスに近い

○「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルでコンセプトを表現する

■構成要素:
・ミクロ: 人、商品、Webコンテンツ
・コミュニケーション: アクセス(通話、購入、閲覧)
・マクロ: 興味によりつながる人、商品、Webコンテンツの集団
 - 通話:友人の集団
 - 購入:同じ興味の人と商品の集団
 - 閲覧:同じ興味の人とWebコンテンツの集団
・メタ・ネットワーク: 興味によりつながる集団どうしのネットワーク
・環境: 人が生活する社会環境、情報環境
・技術・社会背景: 通信速度が1Mビット/秒、誰もがネットワークにより生活(通話、購入、閲覧)する時代を想定。
■ネットワークの特性:
・多次元性・多重所属: 人は複数の興味の集団に所属し、興味の数だけ多次元的に興味の集団のネットワークが広がる
・可塑性と学習: アクセス履歴とともに、興味の変化を興味の集団として記憶、学習する
・フィードバック・ループ:
 人がアクセス(通話、購入、閲覧)するたびに形成される興味の集団をもとに「お勧め」を紹介し、「お勧め」を参考にアクセス(通話、購入、閲覧)するというアクセスのループが形成される
・適応・動的特性: 人の生活する環境変化や興味の変化に即応して人・商品・Webコンテンツを紹介し、それにともない人、商品、コンテンツの交友関係が動的に変化する
・恒常性・保守性:
 「おすすめ」を新しいサービスとして具体化する際に抵抗がある
 - アクセス履歴のサービス利用に対する反発
 - 「おすすめ」されることのわずらわしさ

●コンセプトのまとめ:

 アクセス数や購買数で定義した「距離」をもとに、「友人候補」「お勧めの商品」「Webコンテンツ」「お勧めの人」を紹介するネットワークサービス。

画像2

                        AwarenessNetのサービスイメージ[2]

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●Step3: ビジネスの具体化

●ビジネスモデルの作成

 中短期に収益化できるプランが必要であり、収益の見込めるネット通販でのレコメンデーション(商品紹介)エンジンを軸にビジネスシナリオを構築し、投資にみあう収益があげられるかを検証する。
(投資計画としてマーケティング分析、5年間の投資対効果の算出、保守運用計画、撤退条件などの稟議、予算の獲得を行ったが割愛)

1)ターゲティングCM: 顧客を識別して興味のある広告を表示するエンジンとして販売
 ※現代ではGoogleの検索広告(AddSense)や街角広告(ディジタル・サイネージ)に相当
2)マーケティング分析ツール: 顧客の興味を分析するためのツールとして販売
3)ビジネス支援: 販促ツールなど
・商品紹介: おすすめの商品を提案するレコメンデーション・エンジンとして販売、
 ※ネット通販だけでなくスーパー、CDショップ、レンタルショップなど実店舗も視野に、顧客に合わせた商品を提案する。
・検索エンジン補助ツール: 
 - Webコンテンツを閲覧している時に関連コンテンツを紹介
 - 検索のキーワードの代わりに複数のWebコンテンツを指定して、関連コンテンツを絞り込み
・友人紹介: (SNSが普及していなかった時代だったので見合わせ)
   ※現代ではSNSの友人紹介に相当

Webレコメンドイメージ


                                    おすすめ商品の紹介イメージ[2]

●商用化:

〇商用化エンジン開発:

・スペック:
 - 100万人、100万商品、1000万履歴で複数アクセスに対してリアルタイムにレスポンス
・超高速ソートアルゴリズム:
 前述のスペックを満足するため、2回のループで距離ソーティングできるアルゴリズムを搭載
・高アクセス・ノイズカット:
 アクセス履歴のべき乗特性を利用して、人気の商品を自動抽出してノイズとしてカット
 ※「アナ雪」のように皆が購入する商品はあえて紹介する必要がない、今でいうロングテール商品を提案できる。

○反対意見:

 新しいサービスを提案するときには、既存の常識を打ち破るシナリオが必要となる。

・アクセス履歴を利用するのはプライバシー侵害であるためビジネス化するのは問題がある
・サイトの最高アクセス数が1万人であるのに100万人を想定するのはオーバースペック

○派生サービス:

 ビジネスとして具体化していくときには、ビジネスモデルや機能をぐーっと絞り込んでいくことになる。一方で、それが普及するような未来には別の展開も見えてくる。

■行動履歴統合ベース・サービスの提供コンセプト(1997年):
・インターネットを多くの人が普通に利用するようになった将来、ネットとリアルを横断した大量の「人の行動履歴」を取得可能という未曽有の世界が構築される。
・行動履歴を活用するビジネスは、プライバシー問題だけでなく一部の企業が独占して全世界に展開される危険がある
行動履歴データをネット/リアルを横断で皆が活用できるよう、安全安心に共有/取引できる場として、公共性をもった「行動履歴統合ベース」の構築が急務
・「行動履歴」というと積分的な分析に目がいきがちだが、瞬時にデータを取得できる将来には「微分行動」の把握と次の行動の予測が必要となってくる(1999年)。

全国行動履歴統合ベース


  全国行動履歴統合ベース・サービスのイメージ

〇サービスの試行運用:

 1998年にポータルサイト上でおこなった試行運用サービス「MagicPocket」は、キーワードで検索した結果から「おすすめコンテンツのリスト」を表示する。

 3つコンテンツを選択して紹介されるコンテンツを絞り込み、「おすすめコンテンツリスト」を軸に関連コンテンツを次々とたどる連想散策は斬新な体験を提供した。

〇商用展開:

 通販サイトはもちろんコンビニなどの実店舗への営業で全国を回り、スーパのカゴでの商品をお薦めデモやコンビニでのレコメンド検証を行い、通販サイトなど数本を販売した。

●現代の類似サービス:

・SNSの友達紹介
・amazonやNetflixの「よく一緒に購入されている商品」、購買履歴からの「おすすめ商品」
・GAFA、Netflixはもちろん、ホームコントロール、スマートカー、スマートシティ、ゲーム、バーチャル、通信などあらゆる分野のビジネスが行動履歴を重要な資本財として奪い合いしのぎを削っている。

●まとめ:

 知り合いどうしがコミュニケーションするという、電話網の偏在したコミュニケーションを疑問視し、興味の近いものどうしが知り合うというコミュニケーションの拡大を予見することろから出発した。インターネットは人々のコミュニケーションを促すだけでなく、情報や商品とのつながりも拡大すると気づくところから発想がさらに広がる。

 人から人・商品・Webコンテンツへのアクセスが、N次元に興味がからみあう新たな場を形成する。AwarenessNetは社会環境、興味の動的な変化を記憶しておすすめ紹介としてフィードバックすることにより、新たなアクセスを広げて環境変化への動的適応を促す。

 2000年代から急速に広がる情報空間が「動的に変化する市場」を観測可能なものとし、GAFAが壮大なビジネスを展開することとなる。AwarenessNetはその前夜でのささやかな挑戦だった。

参考文献:
[1] 市川裕介(2000), "~ECサイトのパーソナライズ化とサービスレベルの向上でOne-to-Oneマーケティングを実現~ :純国産のパーソナライズエンジン
AwarenessNet", ITmediaエンタープライズ, 2000年12月19日
~ECサイトのパーソナライズ化とサービスレベルの向上で   One-to-Oneマーケティングを実現!~:【特集】One-to-Oneマーケティングツール(3/5 ページ) - ITmedia エンタープライズ

[2] 高木浩則, 市川裕介, 木原洋一(2003), "書籍ECサイトにおけるレコメンデーションシステム", NTT技術ジャーナル, 2003.11, p30-33
jn200311030.pdf (ntt.co.jp)

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