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経済危機に適応する資本主義社会

 アダム・スミスに始まった資本主義の時代を、大雑把に概観してみる。資本主義の歴史は、それをコントロールしようとする国の政策と、失敗、失敗に対する処方箋をつくることの繰り返しとして描かれる。

●資本主義のベースをつくった
 :アダム・スミス「富国論」

 産業革命直後、重商主義の処方箋として「国を富ませる」仕組みを提案したのが、アダム・スミス「富国論(1776年)」だ。資本主義経済の出発点であり、以降の政策・思想のベースとなる。

「富国論」の与えた影響:
・自由競争による資源の再配分を基本とする
  国が手をださず、自由に競争すれば結果的に資源が最適に配分される
・「見えざる手」
  市場=マーケットで、個々人が利益を求めて利己的に行動しても、見えざる手によって導かれ、結果として経済がうまくまわっていく(需要と供給が交わったところで決まる)
・分業によって生産性を高められる
・国は最低限の公共施策を行えばいい
  国防、公共施設の整備(道路、災害対策など)、司法行政
 
例1:賃金について
  企業が利益を上げるためには賃金を徹底的に下げたいが、労働者はより高い賃金の会社を選ぶので、需要と供給の折り合うところで賃金は決まる

例2:産業擁護は競争力を失うだけ
  農作物輸入への高い関税、輸出を行う企業への補助金は競争力を失わせる

 これを全面的に信用して運用すると、企業の独占や、大小のバブルが弾けてひどい目にあうのだが、その反省の歴史が経済学と政策の歴史となる。が、概ね「富国論」という理想をベースに、国によるコントロールの比重を調整した結果が現代に至る。各国で同じ施策におちついくかというと、比重のかけかたも様々という状況だ。


●資本主義の問題点と社会主義国の台頭
 :マルクス「資本論」

 「富国論」出版から91年後、工業先進国(イギリス、ドイツ、アメリカ)が資本主義でしのぎを削り、大量生産による供給過剰で10年単位で恐慌が発生し、そのたびに失業者が街にあふれ、安い賃金で長時間勤務を強要する超ブラック企業が生き残るというスパイラルにおちいる。行き過ぎた資本主義がどのようになるのかを示したのが、マルクス「資本論(1867年)」だ。

「資本論」の示した予言:
・経済の仕組み
 - 沢山の労働者が並行して分業すると効率がよく、競争を生み、生産効率が良くなる
 - お金の価値が下がると商品価値があがる、インフレとデフレ
・企業の激しい競争により
 - 効率化を求めて大規模化し、企業の数が減って、市場を独占する
 - 生産性を上げるために機械化し、失業者が増える
 - そしてワーキングプアが増える
  - 社会によって強制されない限り、労働者の健康と寿命に配慮することはない
  - 低賃金となり、少数精鋭だけが働き、労働時間が増える
  - 格差社会を生む
・資本主義は崩壊し、民主主義を獲得する
 独占と労働条件の悪化により、労働者革命が起こり、資本家の財産が剥奪される。

 この後、マルクスに影響を受けたロシア革命(1917年)により資本家をうちたおしてソビエト連邦共和国が、それに続き東欧諸国、中華人民共和国(1949年)が社会主義国となる。資本主義が成熟した後の革命でなかったため、後の社会主義崩壊につながったとも考えられている。
 資本主義各国は社会主義国が次々にできたことに危機感をもち、自国の労働者が革命を起こすのを恐れて、労働者の待遇を見直す政策をとるようになる。労働者の権利を守る法律の仕組みをつくり、規制を整備して、恐慌が起きないように失業者が減るように工夫する。


●経済不況を救う「処方箋」
 :ケインズ「一般理論」

 1929年、資本主義各国が企業の自由競争にまかせた結果、アメリカで株の大暴落が起こり、それをきっかけに金融機関がつぎつぎに潰れる世界恐慌が発生する。金融機関相互のお金の流れが止まり、世界中が失業者で溢れる。各国は高い関税で輸入を差し止めて自国を守ろうとして世界の経済が止まり、やがて第二次世界大戦(1939-1945年)につながっていく。
 不況・恐慌への「処方箋」として書かれたのがケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論(1867年)」だ。その提案は、(今では当たり前となっているが)当時の常識をくつがえすもの衝撃を与える。

「一般理論」の処方箋(ケインズ・ショック): 
・前提:働きたくても働けない失業者がいる
・国が公共事業を投資して雇用を生み出す

 - 道路整備などの公共事業で、雇用が生まれるようなしくみをつくることで経済が回るようになる
 - 政府に資金がなければ赤字国債を発行してでも公共事業投資を優先する。そして、景気が良くなったときに、税金で赤字を返却すればいい。
 - 消費したいという欲求が高まれば、公共事業投資した数倍の経済効果が生まれる
・累進課税
 - 貯蓄を減らすように、お金持ちからより多くの税金をとる
・金利を下げる
 - 金利を下げて企業の新たな投資を増やすと、企業が新たな事業を始めるので雇用が増える
・「流動性の罠」
 金利をどんどん下げてほとんどゼロという状態にしても、企業の投資が伸びず、景気が回復しない状態となる可能性がある
 バブル崩壊後の日本
 グローバル社会では、国内に投資をせずに、海外投資にお金が流出してしまう

 これ以降、「大きな政府」とよばれる景気刺激策がとられるようになる。景気が悪くなると、景気対策として政府が赤字国債を発行し、公共事業などで支出を増やして経済を活性化させ、金利を下げて企業の投資を活性化させる。そして、累進課税と社会福祉で低所得の人たちにお金を回し、消費を活性化する。この逆の「国は景気が悪くなっても市場にまかせる」という政策は、「小さな政府」と呼ばれる

ちなみにアメリカの政党政策は次のように分かれる。
・共和党: 小さな政府より(レーガン、ブッシュなど)
・民主党: 大きな政府より(クリントン、オバマなど)

 アメリカは、1929年当時は共和党で景気対策に積極的ではなかったが、民主党のルーズベルト大統領に代わり、ニューディール政策(1933年~)により大規模な公共事業を展開する。以降、20世紀初頭の交通網、電力網、通信網などのインフラ整備が雇用と需要と供給を生み、グローバル経済における競争力をつけて、工業先進国を高度成長時代の波へと乗せる。

 ケインズの処方箋にも課題があり、それが歪みとなって蓄積されていく。

ケインズ理論の副作用:
・インフレ傾向になる
・財政赤字が増え続ける
 政治家は人気を維持したい、「打ち出の小槌」を手放せず財政支出を止められなくなる
・公共投資の効果がなくなる
 建設会社が増えすぎて、定常状態となり、公共事業に支出しても効果がなくなってくる


●スタグフレーションと新自由主義
 :フリードマン「資本主義と自由」

 1970年代、変動相場制(1973年)、第一次オイルショック(1973年)、各企業がオフショアを模索し始めて資本主義が徐々に変わろうとしているとき。スタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上昇)に苦しむアメリカ、福祉が充実する一方で国力が衰退したイギリスなどを背景に、ケインズは間違っているという考え=新自由主義が広まった。その処方箋となったのがフリードマン「資本主義と自由(1962年)」だ。背景にはサッチャーが傾倒したハイエクがいる。

新自由主義の処方箋:
・政府は国民の自由を尊重しよう
・マネタリズム

 世界の中を流れるお金の量さえコントロールしていれば経済はうまくいく
・政府がやるべきことは、国防と司法行政だけ
 - それでもやるべきことがあれば、地方自治体に任せたほうがいい
・こんなものいらない
 - 累進課税、今の社会保障制度、公的年金、輸出入制限、最低賃金
 - 民間の郵政事業禁止、公営道路
 - 各種規制(銀行、産業、産出、通信・放送)
 など

 すべてを実施すると、マルクスの時代にもどってしまいそうないきおいだ。それでも経済の閉塞状態を打開しようとしている資本主義国にとって、新自由主義の影響は大きい。サッチャー(1879年~)・レーガン(1981年~)革命、日本では中曽根内閣のNTT/JT(1985年)、JR(1987年)民営化、バブル(1990年)をはさんで橋本内閣の金融制度改革(1996年~)、小泉内閣の郵政民営化(2007年)や派遣労働の自由化(2003年)など政治に大きな変革をもたらした。


●リーマンショックと派遣切り

 2008年、アメリカの住宅バブルの崩壊とともにおきたサブプライム住宅ローン破綻にはじまり、それをもとにした派生商品の不安が金融機関相互のお金の流れを止め、投資会社のリーマン・ブラザースが経営破綻し、「小さな政府」をかかげる共和党政権がそれを救済しなかったために、さらに金融不安が広がり、世界を大混乱に陥れたリーマンショック。日本では、アメリカに製品を売れなくなった製造業が大規模な派遣切りを行う。小泉政権の派遣自由化により大量に雇用された派遣労働者が、大量の失業者となった。

 1970年代以降構築され続けた、非現実的な仮定のもとで演算する経済学が破綻した瞬間だった。そして恐慌に対処できるケインズが再び見直される。アダム・スミスからはじまった資本主義が大恐慌の教訓からケインズの「大きな政府」を生み、その安定が新自由主義による「小さな政府」の大改革を、行き過ぎた改革が再び恐慌を発生させケインズが見直される。寄せては返す波のように経済と政治がゆれ動く。

 そして現代。インターネットとともにグローバル経済がひろがり低所得国に製造拠点をうつし、Google、Amazonなどの国際IT産業が巨大化して国を単位として経済・政策を考えることが難しい時代となった。製造部門を引き受ける中国やインドが台頭し、先進諸国の製造部門が空洞化して貧富の格差が広がり、資本主義が終焉が叫ばれマルクスが再び見直される。国家が仮想化し、経済がバーチャル化する、我々は今、そんな時代の岐路に立っている

参考書籍:
[1] 池上彰(2013), "やさしい経済学1 :しくみがわかる", 日本経済新聞出版社
[2] 池上彰(2013), "やさしい経済学2 :ニュースがわかる", 日本経済新聞出版社
[3] 池上彰(2014), "世界を変えた10冊の本", 文藝春秋
[4] 池上彰(2017), "池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」", 集英社
[5] J・M・ケインズ原著(1867), 山形浩生要約・翻訳(2015), "要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論", ポット出版


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