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「不登校は親子で幸せになるチャンス」仕事人間だった父親が変われた3つのきっかけ

 福岡県福岡市で25年近く、不登校の保護者を支援する活動を続けている長阿彌幹生(ちょうあみ・みきお)さん。もともとは仕事人間で家族をかえりみなかったといいます。そんな長阿彌さんが変わるきっかけになったのは、3人の娘の不登校でした。「子どもの不登校は親子で幸せになるチャンス」と語る長阿彌さんが、仕事中心から子ども中心に変わることができた3つのキッカケについてお話しいただきました(※写真は長阿彌幹生さん)。

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――長阿彌さんは、お子さんたちがいずれも不登校や行きしぶりを経験されたそうですね。

 そうです。私には娘が3人います。長女は、中学2年生の1学期から体調を壊して、学校へ行かなくなりました。次女は中学1年の1学期から卒業まで不登校。3女は中学2年生の2学期から3学期に不登校になり、その後は卒業まで行きしぶりが続きました。

 娘たちが小さいころはよくいっしょに遊んでいたのに、上の子たちが思春期になるころには私も管理職になり、休みも取れず、仕事中心の生活で余裕をなくしていました。

 上の2人は同時期に不登校になりましたが、私は娘たちと話もせず、いつ不登校になったのかも知りませんでした。妻から、娘たちが学校へ行ってないことや、不登校の子を対象としたカウンセリングに子どもたちと通っていることを聞いても、「そんなもの、学校へ行こうとしないなら効果ないじゃないか」くらいに思っていたんです。妻の悩みも、娘たちの苦しさもそれほど切実には受けとめていませんでした。

カウンセリングへ

 ある日、妻と子どもたちが通っていたカウンセリングの先生から「お父さんも来てほしい」と言われたというので行ってみました。先生から「お子さんが不登校になられた原因を知りたいですか?」と言われたので、「はい」と言いました。そしたら、私を指さされて「お父さん、あなたが悪い」と言われたんです。

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