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【短編小説】おえかき

とある町に、ある家族が暮らしていた。働き者の父親と、家族思いの母親、それと三歳になる娘の三人家族は、毎日幸せに過ごしていた。

 父親は、いわゆる仕事人間で、若いころから出世志向だった。休日返上で働くのは当たり前だったが、彼の努力のおかげで、家族は周囲よりも裕福な暮らしを送っていた。
 母親は、そんな夫を支えながら、毎日の家事と育児に励んでいた。


 ある日、娘は楽しそうな様子で一枚の絵を描いていた。

「あら、上手に描けたわね。何を描いたか、ママに教えてくれる?」
「うん!あのね、これはね、パパ!それとね、ママと、わたし!」
「そう、私たち家族を描いたのね!…あれ?この小さい子はだぁれ?」

 母親はそう言うと、絵の中で自身が胸に抱えている、小さな子どもを指差した。

「これはね、赤ちゃんだよ!かわいい女の子なの!」
「そう…かわいく描けたわね!」
「うん!会えるのが楽しみだな~!早く一緒に遊びたいんだ!」
「(ふふふ。妹か弟が欲しい年ごろかしら?)」

 その翌日、母親が妊娠していることが分かった。

「ねぇ、すごいと思わない?あの子ったら、私のお腹に赤ちゃんがいること、分かってたのかしら?」
「いやいや、さすがにそんなわけないだろう。たまたまさ。」

 驚いた様子の母親をよそに、仕事で疲れている様子の父親は、淡々とした様子で答えた。


それから数週間後。またもや娘が、一枚の絵を描いた。

「今度は何を描いたの?…これは保育園かしら?」
「うん!みんなで遊んでるところを描いたの!じょうず?」
「ええ、とっても上手よ!この子はボール遊びかしら?それにこっちは砂遊びね?…あら?その子は…。」

 母親は、腕に白い布を巻いて、どこか悲しそうな顔をしている子どもの絵を指さした。

「その子はね、いじわるばっかりするから、ケガしちゃったの!おててが、痛くなっちゃったんだよ!」
「そ、そうなのね…。」

 その翌日、娘が通う保育園で、同じクラスの男の子がはしゃいでいる時に転び、右腕の骨を折るケガをしてしまった。

「ねぇ、やっぱりこの子、未来を予知してるのよ!」
「う~ん、そんな話、信じがたいが…。」
「だって、絵を描いた翌日に妊娠が分かって、今度は男の子がケガしたのよ?これが未来予知じゃなかったら、なんだって言うのよ!」
「そうだな…もしかしたら僕たちの娘は、神様に祝福された天使なのかもしれないな。」
「ええ、そうに違いないわ!」


 夫婦は、娘が何かの絵を描くたびに、未来の出来事を描いているのではないか、と考えるようになった。しかし、どうやらすべての絵が未来の状況を表しているわけではないようだった。

娘は、花や動物、そして好きなキャラクターの絵を描くことが多かったが、その時には、特別なことは何も起こらなかったのだ。

「やっぱり、たまたまだったのかしら…。」

 母親は、すっかり未来を予知しなくなった娘の絵を眺めながら、どこか残念な気持ちになっていた。父親はというと、仕事がますます忙しくなり、家族と一緒に過ごす時間は、ほとんど無くなっていた。


 そんなある日のこと。母親はいつも通りの時間に目を覚ますと、夫と娘の朝食の準備を済ませ、二人を起こしに行った。

「あなた、そろそろ起きないと、遅れちゃうわよ。…あなた?…ねぇ!どうしたの!?ねぇ!」

夫は、ベッドの中ですっかり冷たくなっており、二度と息をすることはなかった。なんの予兆もない、突然の別れに、母親はひどくショックを受け、ずっと泣いて過ごした。

 数日がたち、夫の葬儀もひと段落したころ、娘が一枚の紙を持って、憔悴しきった母親に近づいてきた。

「ママ、だいじょうぶ?かなしいの?」
「…ごめんね、大丈夫よ。どうしたの?」
「あのね、ママにプレゼントがあるの!」

 娘はそういうと、満面の笑みで手に持っていた紙を母親に差し出した。

「あら、もしかして絵を描いてくれたの?」
「うん!ママ、よろこぶとおもって!」
「…ありがとう。あなたは本当に優しい子ね。どれどれ、どんな絵かしら?」

 母親が紙を広げると、そこには母親と娘、それから母親の胸に抱かれた赤ちゃんの三人が描かれていた。

「上手に描けてるわね。…あら?パパは描かなかったの?」
「うん!いらないから!」
「…えっ?」


「あのね、保育園のお友達はね、私にいじわるしてきて嫌いだったんだけど、いなくなったらちょっと寂しいから、おててのケガにしたの!でもパパは―。」
「ちょ、ちょっと待って…どういうこと…?」


「パパはね、お仕事ばっかりで遊んでくれないし、すぐ怒るし、ごはんとかお片付けとか、全部ママにさせていじわるだから、いらなくなったの!こうしたら、ママ、よろこぶとおもって!」
「…。」

 母親は、目の前で起きている、とても理解できない出来事を、一生懸命頭の中で整理しながら、なんとか口を開いた。

「…この絵、いつ描いたの…?」

「パパがいなくなる、前の日だよ!ママに見せるの忘れてたの!」

 娘は、先ほどと変わらない、満面の笑顔で言葉を続けた。





「ママは、いらなくならないでね?」


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