市川團子の奇跡 松竹座スーパー歌舞伎ヤマトタケル初日を観て来ました


第一幕と第二幕の幕間の松竹座入口

2024年6月8日、大阪・松竹座で、スーパー歌舞伎ヤマトタケルの初日夜の部を観て来ました。
開演16時30分、終演は1回のカーテンコールありで20時40分の4時間10分。
第一幕60分、第二幕60分、第三幕120分の予定で実上演時間3時間(予定)。
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/863
上演記録を見ると、初演(4時間56分/4時間12分)以来いちばん短時間だが、とくにほとんど出ずっぱりの主演市川團子にとっては、これを昼夜2回演じることは、体力的にも大変な試練であろう。
「ヤマトタケル」は、三代目、四代目の舞台と観て来て(右近時代の右團次の舞台も見たかも知れない)、今回初めて20歳の團子の舞台を観た訳だが、初演時の三代目の46歳、襲名披露時の四代目の36歳と比べてダントツに若い。
企画、演出から手がけた3代目はもとより、四代目も満を持して本作に取り組んだ訳で、ヴェテランの歌舞伎役者として身についた数多の演技の蓄積を駆使して、この大作に挑むことが出来たはずである。
ところが、20歳の團子は、たんに若いというだけでなく、歌舞伎役者としてはまだ経験が浅く、単独で出演する舞踊などを除いて、歌舞伎劇の主演をつとめたこと自体、今までなかったのではなかろうか。
数あるスーパー歌舞伎の演目の中でも、本作は、主演が舞台で占める時間と役割がおそらく最大級で、その負担も最も苛烈な作品だと思われる。
本来なら、四代目がそうしたように、役者として成長し、襲名を遂げたあかつきに取り組むのが相応しかったのかも知れない。
ところが、昨年、誰もが予想もしなかった未曾有の悲劇的な事態が出来し、状況は大きく変わってしまった。
20歳の市川團子こそが澤瀉屋の主役を演じなければならなくなったのである。
これは、状況としては、ある意味、皇子でありながら、日継ぎの皇子の弟として、いわば気楽な立場を許されていた小碓命が、突然、兄を自ら手にかけて喪い、父帝から独りでの熊襲征討を命じられたことに似ているだろう。
祖父が46歳にして創始し、当代が36歳にしてようやく手がけた4時間超の大作の主演を、それまで一座を率いたことのない20歳の若者がやり遂げなければならない。
このあり得ない試練を与えられた市川團子なる若き青年が、どこまで出来るのか、あるいは、やはり出来ないのか、半ば以上は半信半疑の面持ちで開幕を待つしかなかった。
第一幕が始まり、ややあって、いよいよ小碓命が登場。
驚いた。
祖父よりも、当代よりも、はるかに長身で小顔な團子だが、その面差しは、明らかに三代目猿之助のそれであったからだ。
面差しばかりではなかった。
動き始めると、その所作が、話し始めると、その口跡が、まるで三代目そのものが乗り移ったとしか感じられなかった。
四代目も、三代目から多くを学び、その所作や口跡は似たものになっていたことは事実としてある。
しかし、いくら血筋がつながっているとは言え、今まで一度も祖父猿翁に似ているとは思えなかった彼である。
結果として良く似た芸風に至っていた四代目の舞台からも、これほどまでに三代目そのものを感じることはなかった。
奇跡だ。
奇跡としか考えられない。
突然、神から与えられた人智を超える試練に直面して、20歳の若者は、祖父三代目そのものになりたいと強く強く思ったに違いない。
歌舞伎役者としても経験が浅い彼が、この難題を成し遂げられるとしたら、不可能を可能にできるとしたら、初演した祖父そのものになるしかない、と強く信じたに違いないのだ。
その結果、神は、亡き祖父の魂魄を、若き團子の肉体と精神に宿したに違いない。
そもそも、本作「ヤマトタケル」は、不遇な若者が、試練を乗り超えることによって、ついに神になる、神として天高く飛翔する物語である。
市川團子は、粉骨砕身の努力と強い思慕とをもって、神の恩寵にあずかり、祖父三代目猿之助を自らに憑依させ、天翔るヤマトタケルとして、満座の観衆の前に堂々たる勇姿を現すことが出来たのだ。
これを奇跡と言わずして、何が奇跡と呼べるだろう。
百戦錬磨の澤瀉屋の面々と門之助は、この「旦那」を憑依させた若き勇者をよく支え、上方役者の若き要である壱太郎は、初役ながら劇の陰影を深くした。
中車は、暴君を、あえて生硬に演じていたのかも知れないが、カーテンコールで父帝としてヤマトタケルの手を取るところで、実の父子としての思いを感じられた。
そして、團子の憑依ぶりと並んで驚かされたのが、成駒屋三兄弟の弟組、福之助、歌之助の大健闘だ。
最初のヤマ場、熊襲の大宴会の場で、兄タケルの猿弥に堂々と伍する赤っ面の弟は誰か、と幕間に確認したら、あの線の細い、はずの、歌之助だというではないか。
彼もヘタルベの方は、いつも通りではあったが、この弟タケルには心底驚かされた。
そして、福之助のタケヒコである。
堂々とした押し出し、説得力のあるセリフ。
いつの間に、こんなに上手い役者になっていたのか。
福之助の飛躍ぶりも信じられない、驚きのひとつだった。
史上最大の危機に直面した歌舞伎界に、まだ芽吹き始めたばかりの若者たちが数々の奇跡を起こしている。
ポスト・アポカリプス、破局の後に、新たな清新な生命が産まれる、まさにそうした希望の到来を感じさせる奇跡の舞台であった。

客席には、外国人も多く、快楽亭ブラック師匠の姿もあった。

ロビーの中村壱太郎と市川團子のパネル

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