VTuberさくらみこ、宝鐘マリンによる同人誌朗読問題

はじめに(4/1 12:00追記)

本稿が、当初想定していたよりも多くの方にお読み頂いており、コメントなどで様々なご意見を頂く中で、「ここは伝わりにくかったな」「ここは日本語が良くなかったな」と思う点が出てきましたので、大意を変えない範疇で記事を書き直しています。

また、内容に進む前に以下のお断りを読んでいたけますと幸いです。

本記事は、"中立的"ではありません。多くの方に"中立的"、"客観的"、"冷静"などと評価していただけるのは大変光栄ですが、100%自分の主観によって書かれています。(事実の抽出ですら、要約して書いているので意図性を否定できません)
同時に、"同人誌の作者様寄り"、"ホロライブ寄り"ということもありません。「◯◯寄りに感じる」というのは、読まれた方とこの記事の相対的な位置関係を述べているに過ぎず、人によって評価が異なる部分です。この記事は100%筆者の意見寄りであって、特定の人または団体を批判・擁護する目的はありません。
・したがって、"中立"を期待して読まれると、人によっては期待外れとなることがありますので、お気をつけ下さい。
コメント欄における筆者や本記事への意見は歓迎しますが、読者様同士での議論はおやめ下さい。倫理的観点においては、異なる意見が同時並行に存在することが正しいと思っておりますので、自分と異なる意見に対しても寛容な姿勢を見せて頂けますと幸いです。

長くなりましたが、それでは本文をどうぞ。

同人誌朗読問題

ホロライブ所属のさくらみこさんと、宝鐘マリンさんが同人誌を無許可で読み上げたことが炎上しているので、何が問題なのかまとめてみる。
ちなみに自分の前提を語っておくと、Vtuberは切り抜きに上がってくるものを時々見るくらいで、特にこのお二人の擁護派でも否定派でもないので、そこはご承知おき頂きたい。

まずは、争いのない事実から。

【動画から判明した事実(時系列順)】

・さくらみこさんが、同人誌を冷蔵庫に入れた
・宝鐘マリンさんが、同人誌のタイトルを、一部伏せるも識別可能な形で読み上げた
・さくらみこさんが、同人誌の登場人物名を2名読み上げた
・さくらみこさんがカップリングの攻めと受けを「A×B」と発言
  ・宝鐘マリンさんが即座に「B×A」と訂正
・さくらみこさんが表紙(または裏表紙)の一部を想像可能な形で説明した
  ・「○○(身体の一部)を触っている」
・宝鐘マリンさんが同人誌のセリフの一文を読み上げた
・2人で終始笑いながら紹介
・宝鐘マリンさんが同人誌複数冊に対して「好きな(も)の一個もない」と発言した
・さくらみこさんが、「似てるね」「ボイスが脳内で再生されておもろいね」と発言した
・さくらみこさんが、同人誌のセリフの一文を読み上げた
・宝鐘マリンさんが「強気な受けなのね」と発言した
・宝鐘マリンさんが同人誌のセリフの一文を読み上げた
・宝鐘マリンさんが「これは賛否ある展開だね」と内容を評価した
・宝鐘マリンさんが「これじゃ腐女子だよね、この人達もさ……」と内容を評価した
・宝鐘マリンさんが同人誌のセリフの一文を読み上げた
・宝鐘マリンさんが「いいじゃん、いいじゃん、いいじゃん」「いいよこれ結構」「新しい扉だったな」と同人誌の内容を評価した
・さくらみこさんが「イチャイチャオマケもあるね」と同人誌の内容について発言した
・さくらみこさんが「めっちゃ絵上手いよ」と同人誌を評価した
・上記の流れが全体で約6分間配信された

【法的観点】

①作者の許可なく作品のタイトルや一部セリフを読み上げることは、著作権侵害になりうるか?
②仮に著作権侵害とした場合、作者はそれを主張する権利を持っているか?(二次創作物とクリーンハンズの原則)

第一に、Twitterなどで多く上がっていた意見として、「許可をとっていない作品を動画内で公開するのはNG」というものがあった。これ自体は一般的にまっとうな感覚・指摘だが、法的にNGとなるかどうかは「公開」の程度による。

今回は同人誌のタイトルと、短いセリフを4回読み上げ、一部のシーンが想起できるような発言をしたという事案だが、結論を言ってしまうと、これだけでは著作権侵害とはならない可能性が高い。
著作権によって保護の対象となるのは、「思想又は感情を創作的に表現」したものであり、一般的に6文字程度のタイトルや短いセリフ等ではそれにあたらないからだ。

例えば、巷には「『シン・エヴァンゲリオン』を見てきて、主人公のシンジくんが○○という発言をしていて、それに対して私はこう思った」などと説明する動画が溢れている。
これらは恐らくカラー株式会社に許可をとって配信しているわけではないと思うのだが、(ネタバレ云々の倫理的問題はあるかもしれないが)法的には何ら問題ない行為である。
アウトになってくるのは、(引用の範囲を超えて)映像や音楽などをそのまま流してしまうような場合であり(ゲーム実況などもそうだ)、本件でいえば例えば同人誌のページをそのまま画面に写して配信してしまったなどの事情があれば問題になるだろう。

しかし、今回のように、タイトル、登場人物名、セリフ数点について発言することは、著作権違反とはならない可能性が高い。

なお、Twitter上では、「同人誌も法的にグレーなのだから今回の侵害行為を主張する権利はない」といった説も見かけられたが、これは誤りである。
確かに法にはクリーンハンズの原則というものがあり、違法行為をしているものが法的保護を求めることは信義則上許されないといった考え方が存在するが、二次創作物については裁判例上で著作権が認められており、クリーンハンズが適用されるような事案ではない。(もっとも、本件はそもそも著作権違反にあたらない事案と思われるため、この論点は結論に影響を与えない。)


③二人の一連の発言や行動は、名誉毀損や侮辱罪にあたるか?

同人誌を冷蔵庫に入れること、終始笑いながら同人誌の説明をしていることなどが名誉毀損にあたるという論拠も見られたが、作者に対して失礼にあたらないか?という倫理的な問題はさておき(そこは後述する)、これが名誉毀損や侮辱罪に該当するとまではいえないだろう。
(例えば、名誉毀損というためには対象の社会的評価を落としたといえることが必要だが、本件では絵の上手さや内容を誉める発言もあり、一般的に名誉毀損が認められる事例などと比べ、作者の社会的評価を落としたとはいえない事案だと思われる)


④二人の一連の発言や行動は、作者の法的利益を侵害しているか?(いわゆるネタバレ損害等、民事上の観点)

これについても、タイトル、セリフ数点、シーンを一部想起させる発言をした程度では、これによって同人誌の売上に悪影響が出るとも考えられず、法的に保護されるべき利益を侵害されたとまではいえないと思われる。


⑤二人のファンが同人誌の作者に対して攻撃的な言動等をとることは、二人に責任があるか?

近代法治国家には個人責任の原則というものがあり、二人のファン(であるかは本当は定かではないが、ここでは便宜的にそのように書く)が行った行為の責任は、それらの行為者が取るべきである。
さくらみこさん・宝鐘マリンさんとそのファンは、会社とその従業員のような指揮命令関係にあるわけでもないし、それらの行為を物理的に止めうる状況にもないので、不作為の幇助犯を論じるにも値しないと思われる。


以上より、ホロライブ所属のさくらみこさんと宝鐘マリンさんによる同人誌朗読問題は、法的には特に問題のない行動だといえる。

この同人誌の作者の方が、予期せぬ公開のされ方をして不愉快に思ったことは事実だと思われるが、自分が世の中に発信した作品について(それが一部のゾーニングされた対象への発信だったとしても)、他者に「その作品を取り上げてタイトルや内容を紹介しないでくれ」という権利は、法的には認められていないというのが現状である。

【倫理的観点】

さて、法的に問題がない行動・発言であったとしても、さくらみこさん及び宝鐘マリンさんは企業に属する職業VTuberであり、それによって利益を得ていることもあって、法律だけでなく社会的規範を守って活動することが求められている。

そのため、倫理的批判を避けることはできないのだが、ここで一点前提として断っておきたいのは、何が倫理的批判の対象となるかは、人によって全く異なるということだ。

誰しも、自分の持つ感覚こそが常識、すなわち世間一般が同意するコモン・センスだと思い込みがちであるが、実際常識というものは不確かなものであって、時節、対象、文脈等の状況に応じて容易に変化する。

そのため、倫理的観点における唯一絶対の正解というものは、ない。
倫理的観点においては、一見矛盾する2つの意見が同時並行に存在する状況こそが正しいのであって、どちらかが正しく、どちらかが間違っているということはないといえる。

したがって、二人の発言が健全な批判にさらされることは望ましいことだが、同時に本件に大きな倫理的問題を感じていないという意見も同じくらい尊重されるべきである。
むしろ、それらの異なる意見をすり合わせ、より適切な表現に是正されていくことが望ましいのであって、「アンチだから批判している」「信者だから擁護している」といった安易な決めつけによる理解の放棄は、最も戒められるべき行為ではないか。

以下、あくまで筆者の感覚にしたがって、本件の倫理的観点を検討する。

①同人誌の作者に対して予期せぬ公開になってしまったことは、故意ではなく過失であるが、その過失の程度は重いとまではいえない

まず、本件において、さくらみこさんや宝鐘マリンさんが、同人誌の作者に対して故意に損害を与えようとしている意図は、自分は感じなかった。

故意というのは、「損害を与えるかもしれないという認識」「それでも構わないと損害を与えることを許容する認識」がセットになって、初めて認められる。
本件についてこれを見るに、さくらみこさんや宝鐘マリンさんは「タイトル自体が言葉遊びをしていて面白いので」「ここでタイトルを言ったら動画的に面白いだろう(=笑いが取れそうだ)」という認識はあるが、それが直ちに「同人誌の作者に損害を与えるかもしれない」ということにはあの時点では気づいていないように感じた。ましてや、「同人誌の作者に損害を与えても、面白いから良いのだ」という意図はなおさらなかったように思う。(そんなことをしても、演者2人にとってデメリットが大きく、メリットが小さいので、そう考えるのが合理的だ)

したがって、本件は故意ではないと捉えるのが正しい事案だと感じた。

そうだとしても、「同人誌の作者に損害を与えるかもしれない」ことに、気づくべきだったんじゃないの?という話は残る。これが過失だ。

過失というのは、注意義務違反であり、その程度は「損害発生に気付ける立場にあったか」「気付ける立場だったとして、配慮すべき立場にあったか」などで判断される。
後者については、企業の業務としてやっている以上、気づけたなら可能な限り配慮するのが当然だと思うので、問題は前者だ。

一般的に、自分が読んだ本のタイトルや登場人物、セリフ数点を紹介することは何ら問題のない行為であって、それはそもそも作者の同意を必要としない。(ベストセラー小説の紹介や、前述のシンエヴァの感想などを想像して欲しい)

本件が特殊なのは、本同人誌がR-18のBL本という、極めて一部のユーザーに対して発信された作品であるという事情によるものだ。この事情から、作者は異なる文化圏の人間に広く公開されることを望んでいないのではないか?動画で公開してしまうと(グレーな権利物を明るみに出してしまうという意味でも)作者に損害が発生するのではないか?という推定が働きうる。

これに対し、商流に乗せているのだから、公開されるのを望まないのはダブスタでは?という意見や、一般人が同人界隈の特殊な文化を理解しろというのは無茶だ、という意見もあったが、さくらみこさんや宝鐘マリンさんは、普段から同人誌の話をしているということもあって、これらの特殊事情に対する理解は比較的あったのではないかと思われる(その程度の判断は難しいが……)。
したがって、損害発生に気づける立場にあったといえ、結果としてここには過失があったように思われる。

もっとも、原則的には他者の作品を同意なく紹介することは何ら問題のない行為であるし、それが同人誌であっても、全員が全員公開を望まないのかといえばそうではない(さくらみこさんや宝鐘マリンさんに紹介されて、やった、嬉しい!ネタにされて光栄です!と思う作者がいても全くおかしくない)ので、今回損害が発生してしまったのは結果論といえなくもなさそうである。
その意味では、不注意ではあったが、誰が見てもアウトなものをスルーした(例えば、赤信号を見逃して直進した、というような)重過失とまではいえないように感じた。


②笑いながら紹介したり、同人誌を冷蔵庫に入れることは、作者に対して失礼にあたるのか?

この「笑いながら」というのが、人によって大きく捉え方が異なっている部分なのだが、自分は同人誌の内容や作者を貶めたり、毀損したりする内容には感じなかった。(あくまでシチュエーションに対する笑いであり、同人誌自体は内容を褒めていることもあって、悪意のある嘲笑ではないと思った)

また、同人誌を冷蔵庫に入れることは、当然同人誌本来の使用方法ではなく(こんなこと書くまでもないが笑)、それを作品への敬意がない、と捉える見方も理解できるのだが、自分はそこまで強い否定的感情を抱かなかった。

同人誌の取り扱いで、作品への否定的態度を表すとしたら、一般的には燃やす、破り捨てる、踏みつける、水でビショビショに濡らす、など、回復不可能な状態に破壊することを想像するが、冷蔵庫に入れる、というのはそれらに比べて作品への否定的態度が強く出ているとは思えなかった。
冷蔵庫に同人誌を入れることを失礼だと思う人はいるだろうし、その考え方も理解できるけど、万人が万人そりゃダメだよね、と思うレベル(例えば、食べ物で遊ぶなどのレベル)には至ってない行為に感じられた。

エンターテイメントと、「誰も傷つけない表現」

エンターテイメントにおいては、予測不能性や、常識からジャンプするような部分に面白みが存在することがままある。(実際、冷蔵庫に同人誌が入っているという文脈は唐突で面白いと思えたし、そう感じた人が大勢いるからこのドッキリ企画は成立したのではないだろうか。「これで笑える感性がわからないーー」という意見も頷けるものがあるが、実際にはこれで笑える人が多くいるのだ、という事実も注目に値する)

本件において、同人誌の作者の方が不快に思われたというのは間違いない事実だろうし、そこに関してはさくらみこさん、宝鐘マリンさんの不注意もあったように思う。
ただ、(少なくとも自分の感性では)「これはさすがに絶対アウトでしょ」というような温度感の事案ではなかったし、これが大々的に炎上してしまうとなると、いよいよ自己防衛とリスク回避のために、極めて萎縮した「誰も傷つけない」発言しかできなくなってしまうように思う。

人は皆考え方が異なるため、ある表現が意図せず別の人を傷つけてしまうことは当然ありうる。(例えば、肉を食べている写真をあげたら、ヴィーガンの方が傷ついた、というような)

そんなとき、表現自体を良くないものとして萎縮させるのではなく、「法的に定められた受忍限度を超えない限りは」「自由な表現が許されて」「その表現は健全な批判によって事後的に適切に修正される」という世界観を自分は支持したい。

これは、エンタメのために誰かを傷つけても良い、という話ではない。
例えば肌の色や容姿を笑いにつなげることは「法的に」許されていないし、故意や過失によって結果的に誰かを傷つけてしまった場合は、健全な批判の対象となるべきである。
しかし、最初から「誰も傷つけない」表現というのは不可能だし、それを求めても達成されることはないと言いたいのだ。

本件炎上に伴い、Twitter上で様々な言説が披露された。
中には事実誤認や誹謗中傷に近いものもあったが、自分の記事に頂けた有意義なコメントのように、健全な批判や異なる意見のすり合わせが行われていることも観察できた。
我々には、コンテンツや社会をあるべき形に近づける機能と能力がある。

そこに期待して、批判に値する自由な表現もまたあって良いのではないか。そのようなことを感じた事案だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?