桜のしべが見つめている-07(小説)

 ユウコは相変わらずソレの姿を直視はできなかったけれど、気にしないのも限度があって、瞬きの合間にちら、ちらと様子を盗み見る(実際、必ずどれかの目と目が合うもので『盗み』見と呼べるかどうか怪しい)。一つ一つの眼球は、少し充血した白目に黒目が小さく乗っている。いくつか眺めているうち、黒目といっても真っ黒なわけではなく、ただ周辺よりも多少色が濃いだけなのだと分かる。それをやや遠くから眺めるに、黒目としか呼びようのない具合だった。
 そもそもソレの言うとおり、ユウコにしか、この大量の目は見えていないのだとしたら。本当に目の機能を有しているのは一つか、二つきりで、ほかは何も像を結んでいないのかもしれない。見られていると思うのも錯覚なのだろうか。
「でも、『何かがいる』って思うことのほうがきみたちには大事だろ、実際のところ。本当に何かがいるかどうか、じゃあなく」
 校庭の砂埃を巻き上げて、足元を風が通り過ぎていく。春の空気も乾燥しているとか、何日か前に行った美容院で教わったな、とユウコは思う。冬が乾いているのは知っていたけど。指摘されると途端に伸ばしっぱなしの毛先はばらばらと散らばって思え、不慣れなチークをのせた頬は粉をふいて見えた。勧められたトリートメントは家族に使われないよう、自室から浴室へ毎度運んでいる。
「冷えてきたね、そろそろ帰らなくていいのかい」
「べつに私の勝手ですけど」
「残業を回避できていたら、木下くんのパパがじきに通る頃だ。彼にはぼくが見えなくなって久しいから、それできみが気にしないなら、いつまでもおしゃべりをしていよう」
「……帰ります」
 ソレは黙ってユウコを見送っている。やっぱり何かに似ているなと思って、人がいっぱいの講義室を思い出した。
 見られている、と思う。

(続く)

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