素面-05(小説)

 それ見ろ図星だ。溜め息を吐きたいのはこっちだ。綾下は苦々しい何かが出掛かった喉へ、ぐいとビールを流し込んで耐えた。傍らのメニュー表を取り上げて眺める間、斉藤はだって、とか、でも、とかぐずぐず言っている。綾下は座敷のふすまからひょいと顔を出し、熱燗を二合注文した。追加でモツ煮とだし巻き卵、刺身の盛り合わせ。「あとアジフライ」これは斉藤だ。
「や、別に勢いだったわけじゃないって。その日は普通に飲んで別れただけだし」
「昔なじみが何日目何回目のデートでホテルへ行ったかなんて赤裸々な話は聞きたくもないが」
「うへえ」
「俺だって今こうして飲んでるおまえしか知らなければ、脅威のワーカホリック営業マンとはまさか思うかよ。彼女からの連絡そっちのけで顧客とよろしくしてたんじゃないのか?」
「違うって! 彼女わりとマメに連絡寄越すからさ、俺もすげーマメに返してたんだけど。今度はそれが、……」
「それが?」
「『職業病なのかもしれないけど取引先に応対するみたい』って」
「……それでまた『こんなに仕事人間だなんて』か」
「だから、またって言うな、またって」
 はああ、斉藤の口から何度目かの溜め息が出てくる。眉を下げてしゅんと落ち込んだ表情は、こういうところが母性本能をくすぐるんだろうか、と綾下に思わせた。憶測でしかないが。
 これまで斉藤の振られてきた彼女たちが彼のどこに、どうして魅力を覚えて関係を持つに至るのか、綾下には知る由もない。どこがだめで別れたのかなんて、もっと知らない。いつだって振られた後の斉藤から入ってくる片面の情報ばかりで、それ以上のものはない。特に分析してやろうという気もない。飲む間の話題に事欠かないという以上の意味合いは、どうせ感じられないのだ。

(続き)

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