桜のしべが見つめている-08(小説)

 たとえば講義の始まる時刻のぎりぎりに教室へ駆け込むとき、あるいは同級生が談笑に花を咲かせるのを遠くに聞くとき、はたまた、街中で一人、ショーウィンドウに自分のくせ毛を確かめるとき。
 うなじに何かの刺さる気がしてユウコはいつも振り返りそうになる。何も刺さっていないのを最初から、知っていて振り返るのを止める。あれと同じだった。翳るところのまるでなく、空へ向かって白っぽい花弁を広げた一面の桜を見上げるとき、ざわざわと背の凍る感じがする。それが本当でも、錯覚でも、夢でも。枝葉を広げるでもない根無し草の自分を指差されている気がして、とらえようのない焦燥に眩暈がする。

「今日でおしまいだ」
 三日目、ソレはあっけらかんとして言った。この日のユウコは小学校のフェンスに背を預けて、手元のスマートフォンを無為に触りながらソレの言葉を聞き流していた。
「へえ」
「うーん、きみ、もしかしてあまり興味ないだろ何にも。ふつうは『なんで』とか『さびしい』とか『行かないで』とか、言ってくれるところなんだぞ」
「……盛りを過ぎるから?」
「はあ。やっぱきみくらい拗れた年齢になっちゃうと交流がままならないな」
 最初に話しかけてきたのはそっちじゃないか。ユウコは静かに眉間に皺を寄せた。

(続く)

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