素面-09(小説)
斉藤はアジフライが届くのを待っている。ジュワジュワと油の音の立つ調理場の方をちらりと見ては、「まだかな」なんて呟いている。お子様ランチを待つ子どもみたいだ。二重まぶたの大きな瞳がきらきらとするところだけ、学生の頃とまるで変わらなくて、放課後の教室にいるときみたいな錯覚を綾下に起こさせる。彼女(だった女)たちの前ではこんな表情、見せないだろう、格好つけたままスマートに話題を提供し続けるはずだ、綾下の推測に過ぎないけれど。
斉藤は決して、綾下を優先に扱わない。眼前にいようがほかの事象に気が向くし、返信は一番最後だ。昔から先輩の呼び出しと気になる女子の挙動が先だった。いまだって懇意にしている顧客の次の次、上司と同僚の次の、さらに次くらい。ほかに、こうまで後回しにされる奴はいないだろう。それでも綾下との仲は途切れないと思われているのだ。
実際、そのとおりだから甘んじている。綾下は潮時を逃しに逃して、居酒屋の一席よりほか、どこへも行けなくなっていた。
(続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?