素面-03(小説)

 得意先とのパイプ第一でその他の交友は三の次、普段は飯にも酒にも付き合わない昔なじみが即刻返答を寄越すのがどういうときか、綾下はよく知っている。上から今朝がた振ってきた仕事と、下から出てこない資料の話を遅刻の言い訳としてごく簡単に並べ終えたところで、ふっと会話が途切れた。ああこれは、と綾下が思うが早いか、斉藤がばたりと突っ伏して情けない声を上げる。
「あやしたあ」
「……なんだってこんな時期にふられるんだ?」
 窓のない座敷では外の景色を眺めようもないが。師走、年の瀬、世間的にはクリスマスシーズン。絢爛なイルミネーションやショーウィンドウのプレゼントボックス、浮足立った空気が、綾下の働くオフィス街までも浸食している。恋人たちにとって、あるいは、恋人と過ごしたいと思う年頃の若者にとって、この時期に交際を始めるとかやめるとかは繊細な問題だろうと、綾下も思っていたのだが。
 先月駅前でばったり居合わせた斉藤とその彼女(正確にはそうだった女)の姿を綾下は思い起こす。彼氏(だった男)の腕に絡めた腕の、反対側に抱えたバッグは小ぶりながらも名の知れたブランドの品だった。腕時計も決して安価ではなかったろう。イベントや贈り物に比重を置くなら、こんなタイミングで恋人なるものを手放しはしないと思うが。
(さすがにそれは失礼な話か)
 ちらりと見かけただけのほぼ見知らぬ女に内心で詫びつつ、綾下は目の前でめそめそとしている斉藤のつむじを見下ろす。それらを差し引いても別れるべき欠点がコイツに見つかったのかもしれない。
「なあ、何がダメだったんだと思う?」

(続く)

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