素面-04(小説)

 また始まった。綾下は溜め息も吐きたくなった。呆れているふりをして、吐いた。実際呆れてはいるのだ。綾下の昔なじみで学生時代からの腐れ縁、なんやかんやと十数年来の付き合いになるこの男は、付き合う女の悉くにふられている。
「どっか外したのかな、来週だってディナーの予約もしてプレゼントも考えてさ、結構楽しみにしてたのに」
「さあ? つい最近だったろ、付き合ったの」
 言外に『詳細も知らされていないが』というニュアンスを足す。名前も知らない女へのコメントなんて、綾下にしてみれば、できてたまるかという話だ。眉間に若干の力を入れてじとりとにらんだ顔を、斉藤は報告漏れへの糾弾だと思ったろう。わたわたとした様子で、ふた月くらい前かな、と話し始めた。別れたばかりの傷も痛むだろうに、律儀で、綾下は少しだけ阿呆らしい気持ちになる。
「前に教わった店あったよな、大通り外れの」
「あー、二階のカフェバーか」
「おまえにしては珍しく小洒落たトコ選ぶなって思ってさ」
「おい店員はやめろ。俺が行きづらくなる」
「違うって! あそこの常連さんらしくて」
 せめて『常連さんだった』と言ってほしかった。どっちみち行きづらいことには変わりない。一人でふらりと飲みに行くのは綾下にとってほぼ唯一の暮らしの彩りだ。男一人とはいえ入るのに気を遣う店もあるもので、気に入った店を訪れにくくなるのは痛いのだけれど――斉藤がこんな調子なもので、ひとつ行き先が増えるたびに、ひとつ行き先が減るを繰り返している。綾下は眉間を抑えつつも話の続きを促した。
「そこで一緒になって飲んでるうちに意気投合して?」
「ああ。どこの誰とも分からない彼女に自分の肩書と営業成績をぺらぺら語ったわけだな。おまえ、営業部の同期から刺されないのか?」
「は? なんでだよ、男の前で成績の話なんかしないだろ」
「俺には分からんが線を引いてるんなら何よりだよ」
「ま、でもそれで彼女とはいわゆる一線を」
「酔った勢いが良くないんじゃないのか?」
 ずごん、と痛そうな音がして斉藤が額をテーブルへ打ち付ける。長い長い溜息が突っ伏した腕の下から漏れていた。

(続く) 

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